聞く人が聞けば悲観的とも退廃的とも刹那的ともとれる未来予想図を語り合っていると、友人の視線が不意に逸れた。
彼女の視線が、テーブルに置いていたあたしのケータイに注がれたから、つられてあたしも視線を移す。

(このタッカルビ)

(なんかの罰ゲームかと思うくらい辛かった。美味かった。でも辛かった)
「電話鳴ってるんじゃない?」
明るくなった液晶ディスプレイに表れた電話番号を見てドキっとした。
待ち人からの電話だった。
具体的には。
焼肉屋や焼鳥屋やしゃぶしゃぶ屋や居酒屋や釣具屋や雀荘と同じくらいヨドバシが好きだけど、この日の電話が格別に嬉しかったのには訳がある。
本体の型番をメモったのは5月初旬のことだったが、問い合わせ先の電話番号を調べようと思うまでに1ヶ月かかり、実際電話をかけるまでにまた1ヶ月かかった。
何でこんなにフットワークが重いのかは自分でもよく判らないけれど、電話するまでに2ヶ月かかったことはどうでもいい。
フューチャーすべきは。
誰にも迷惑をかけない類のことならば1ヶ月でも半年でも10年でも放置しとけるこのあたしが、問い合わせたその日のうちにヨドバシに注文しに行った、ということなのだから。

(これは「グローブ」と呼ぶのだと教えてくれたNECのおねえさん、ありがとう)
が、まだまだ油断は出来ない。
買ったことに満足して取り付けない可能性も高いのだ。
3年くらいは平気で放置できる。
で、その間にグローブを買ったことを忘れてしまって、照明器具自体を買い替えたりするヤツなんだ、あたしは。
つうわけで、買ったその日に取り付けた。

(グローブがない照明器具は、微妙に昭和のカホリがする)

(だからってこれが平成っぽいわけではない)
実は。
グローブを割った時は、照明器具自体を取り替えることを考えていた。
同じ物を買ったら5,000円弱だけど、
どうせ買い替えるのならもうちょっとイイもんにするか、とか。
グローブだけを買うことが出来ると判っていながら、壊れてもいない本体までも買い替えようとする自分がイマイチ理解できないが、店に出向いて注文して商品が届いたらまた店に行くという二段階な買い物がどうにもこうにも億劫で、つい一回で買える方を選びたくなってしまう。
あたしはうっすらと、1万円くらいの出費を思い描いていた。
だからなのか、ヨドバシのレジで店員が言った金額が巧く聞き取れなかった。
「・・・・ななひゃく・・・・円になります」
あれ?今何千ななひゃくって言った?
そういえば、NECのコールセンターの人が言った値段も聞き取れなかったんだった。
に、2,000円くらい?
せんななひゃくって言ったのか?
何故だか金額を聞き返せなくて、恐る恐る1万円札を出した。
が。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
安 い じ ゃ ね え か 、 コ ノ ヤ ロ ウ 。
(落ち着け)
あたしが小学校低学年の時、うちの親は家を建てた。
それは今でも親戚の間で語り草になっているくらいいろんな意味でスゴい家だったのだが、あたしは、四半世紀以上経った今でもその家の子供部屋が忘れられない。
それは、当時としてはかなり変わった部屋だった。
そしてあたしと姉は、その風変わりな子供部屋がとても好きだった。

クロス貼り職人に刺激されて取り寄せた壁紙のカタログが届いてからというもの、毎晩カタログを眺めてはアレコレ思いを巡らせている。
自分で貼ると決めているので柄合わせが大変そうなのは除外できるし、「白い壁にしない」とぼんやり決めていたから、選択肢はドーンと減る。
ちなみに。
先に書いた子供部屋の壁は、くすんだ水色というか青みがかったグレーというか、とにかく微妙な色だった。

似たような色にしようとは思っていないけれど、でも、他人にウケのいい部屋ではなく単純に、あたしひとりがトコトン気に入る部屋にしたい。
散々眺めてようやく具体的なイメージが出来たので、壁紙と床材のカタログを返却した。

(久しぶり)
色だけじゃなく、厚みや質感も確認できたし、モヤがかかっていた頭ん中がスッキリしたから、やっぱカタログ借りて良かった。良かった。

現時点で、4畳半の壁紙候補は4パターン。
次はサンプルを取り寄せて、まずは試し貼りでもしてみるか。
(今回のカタログは、カベガミヤホンポさんからお借りしましたー)
4畳半のリフォームにどれだけお金がかかるのか?は試算してみてもいないけれど、あたしが社会人になってからこれまでで部屋に費やしたお金なんて微々たるものだし、幸い、ゴミ屋敷状態だった部屋の不要品を捨てるのにかかったお金も3,332円ぽっち。
リフォームや家具にどんだけお金をかけようとも、かけ過ぎってことは無い気がする。
じゃあ、ここは思い切って輸入モンにしちゃう?
それとも、いっそのことドーンと!キラッキラのにしちゃう?
何なら金箔でも!
・・・・と、思考が成金風味になった矢先のことだった。
リビングのテレビが不調になり、修理の方向で考えているあたしの傍で、ノートPCを開き、ヨドバシのサイトを見ながら、「あれ?液晶とプラズマの違いって何だっけー」とか「65型ってどんだけでっかいんだろうねっ!わー、横幅143センチだってー」とか「やっぱ、世界の亀山かなー」とか、「ついでに洗濯機も買い替えたりなんかしちゃったりしてー」とか「いくらまでならOK?っていうか、お金あるの?」とか、ノーリアクションの娘を相手に喋り続ける夏目父。
先週末、ステキクロス貼り職人に刺激されて取り寄せた壁紙のカタログが届いて以来、布団の上でカタログを眺める日々が続いているのだが、夕べ突然ある物がたまらなくイヤになり、仕事の帰り、代替品を買ってきた。
つうか。
こんな毛玉ってるモン、いったい何年使ってんだよ、あたしは。

(とても週末に洗ったばかりとは思えない敷布団カバー)
『 お値段以上 』 なお店で更に何割引きかになってたものを、こんなに毛玉って薄ぅーくなってまで使う必要がどこにある。
毎日汗水垂らして、夕方になると上司に「そのテッカテカな顔、なんとかしてくれや」とまで言われながら稼いでるんだもの、見知らぬオッサンにせっせと寄付なんかしてないで敷布団カバーくらいとっとと買えや。
いやーそれにしても。
無印に行ったのなんて何年ぶりだろー。
あ、行ったことはあったのかな。
こんなにじっくり見たことがなかっただけかな。

(快適快適)
長身で小綺麗なサラリーマン(推定30歳)と隣り合って寝具の棚の前に立ち、悩むこと40分。
これからの暑さを考えたら麻綿素材のと迷ったのだけれど、この手触りが捨てがたかった。
でもまあ、麻綿のも欲しくなったらまた買いにくればいいよ。
意を決してシーツと枕カバーを棚から取ると、40分間あたしの隣に立っていた男性の視線を感じた。
釣られてあたしも相手を見た。
するとその男性は、あたしが持ったシーツを見ながら呟いた。
「それ、気持ち良さそうですよねえ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「40分も黙ってたのにいきなり声かけんなよ。びっくりするじゃねえか」と心の中で呟いて、男性には、「ねっ」とだけ言ってレジに向かっちまうからあたしはいつまでも独り身なんだ。そうなんだ。

(快適快適)
やったー!
これでようやく早起きから解放されるー。
30分は違うよなあ。
いや、40分は違うかなあ。
だってあの毛玉、結構硬くってさー、枕から落ちて敷布団カバーに直に顔つけてるとさー、顔にボツボツ毛玉の跡がついちゃっててそれがなかなか消えねえんだもの。
と、歳のせいじゃなく毛玉のせい、歳のせいじゃなく毛玉のせい・・・・。
(呪文)
テレビの上に不安定に置いたDVDレコーダの上に、ハイドロカルチャーのドラセナと、土の入った鉢がある。
部屋がゴミ屋敷みたいだった頃からあったドラセナは地震で落下したまま2ヶ月放置されても健気に生き続けているのだが、鉢は、去年日々草が終わってからというもの土だけの状態だった。

(2008年6月1日撮影)
で、最近。
ドラセナに遣った水が余った時、わざわざ洗面所まで捨てに行かなくとも鉢の土にジャーっとかければいいことに気づき、そうしていたら。

(2008年6月9日撮影)
視力がすげー悪いくせに部屋では裸眼でいるため、出てきたものが小さい青虫に見え大喜びしたのだが(オカシイ)、これが大の虫嫌いの夏目父に見つかったら大騒動になりかねないと気づき慌て、鉢を、4畳半の部屋にある小さいベランダに出したのが6月10日夜。

(4畳半のベランダから街の灯りを見ると、なんでだか腹が減る)
ところが青虫だと思ったものはすぐにいなくなり、そのかわり、雑草らしきものが生えてきた。


(2008年6月12日撮影)
「雑草には居心地よくても、やっぱ青虫には居心地の悪い鉢だったんだ・・・・。ベランダに出したのが悪かったのかな。部屋の中に置いたまま、逃げないように囲いでも作れば良かったのかな。干からびちゃったかな。どこかで生きてるといいな」と、青虫を想う日々が続いた。
ところが。
今朝鉢を見てみると。
雑草だと思っていた草が、見覚えのある形になっていた。


(2008年6月27日撮影)
なんだ。あれ、青虫じゃなくて日々草の芽だったのか。
(気づくのが遅い)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ち っ 。
ちょろっと手をつけただけで放置していた夏目父の会社の決算準備に再着手したのが先月半ば。
ダラダラとグズグズとモタモタと、自分でもうんざりするくらいスローなペースで作業を進め、税理士への報告を終えたのが先週初め。
決算に関わらず、夏目父の会社は超小企業だから事務全般の作業量が少ないのだけれど、いつまで経っても慣れないし、好きになれない。
一番厄介なのが領収書の整理で、毎月税理士に入力したデータと照合して貰うと、そのまま放置してしまう。

(GW明け。整理しようかと数ヶ月分纏めてみて、途方に暮れているの図)
1ヶ月分の整理と1年分のそれとじゃ前者のほうがラクだってことはあたしにも判るが、領収書の束は月次確定した後はよっぽどのことがないと見返さないというのも判ってしまっているからタチが悪い。
さて、この週末は。
金曜の昼には確実にいた2人の諭吉が、ほんの数時間であたしの元から去ってしまったショックから、

(金曜の夜、見知らぬオッサンに万券を寄付した天使の所持金)
一歩も外に出ないぞ!と誓うも、土曜午前、ブログを更新している最中に、今日が資源ゴミの収集日だったことに気づき、慌てて新聞紙とダンボールを纏める。

(4階〜1階を2往復)
たった2往復で汗だくになったので台所へ水分補給に行くと、「ユーロ2008が終わるまで仕事を休みたい・・・・」と呟いて自分の会社のパートのおばちゃんに思いっきり叱られた夏目父が、自堕落番長と目を合わせて話をしていた。
「うおーーーーん」 ←猫です
「うんうん、それで?」 ←親です
「うなーーーーー」 ←猫です
「そっかそっか、そういうことかぁ」 ←人間です
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
この光景、もう1,000回は目にしてると思うが、親が本格的にオカシくなったんじゃないかと思って毎回ビビる。
が、聞かないフリをして冷蔵庫を開けペットボトルの水をガブ飲みしていると、夏目父がこっちを見ずに話し掛けてきた。
「今日、新聞の日?」
「うん」
「もう出してきた?」
「うん」
「残念だったねえ」
「何が」
「一仕事終わったー!と思ってるでしょ」
「う、うん」 ←嫌な予感
「新聞紙、まだあるんだよ」
「・・・・ほう」
「でもちゃんと縛っておいたから」
「・・・・え?あ、ありがと」
「どーいたしまして」

(夏目父の部屋から発掘)
あー、びっくりしたー。
どうリアクションしていいのか判んなかったし、わざわざ褒めることでもない気もするし、一般的には普通のことを自分がやって「すげーすげー」言われたら、その時の気分によってはカチンとくるかもしれないし。
でも聞いてよ、おかあさん。
(夏目家のミラクル)
「あたしが台所に行かなかったらどのタイミングで言うつもりだったんだ?」とか、「マンションの下に持って行くまでがゴミ出しです」とか、言いたいことがないわけでもないし、今回のことは100%気まぐれで、だからこれが最初で最後になる可能性は高い。
でも、2人っきりで暮らして丸12年で、初めての出来事だった。
もうねえ、たった1回だけでもいいよ、いい。
これから毎月古新聞を束ねるたびに、思い出してニンマリするからいいよ、いい。
なんて贅沢は言わないよ。
かれこれ10年くらい思ってるけど、言わないよ。(諦めろ)
諭吉2枚失踪のダメージをチャラにするほどではなかったが、夏目父の行動にびっくりしたその勢いであたしは、1年分の領収書や書類の整理に取り掛かった。
始めてみれば大して時間がかからないのは判ってる。
確か、1年分の書類を纏めるのは丸1日くらいしかかからなかったハズ。

(ベランダから見える繁華街の灯りを見て想いを馳せる)
それにしても。
結局のところあたしの場合、自分の心にモヤモヤを作ってるのは、他の誰でもない自分自身なんだなあと、改めて思い知った。
自分が勤める会社での仕事なら、多少は他者に翻弄されることもあるし、逆にあたしが迷惑をかけることだってある。
でも、なるべくそうならないよう、互いに迷惑をかけないようっていう気遣いや保身が、つまるところ責任感なわけで。
自分の部屋にいる時くらいはそんなことから解放されたいが、解放された途端せっせと自分に重石を乗せ始めてちゃ、気の休まる時間なんてなくなっちゃう。
それどころかそのうち、「自分の部屋より会社のほうが気が休まる」なんてことになりかねない。
そんな人生もアリだろうが、あたしはいいや。
今よりもっと仕事したいなんて思わないし。(ダメ社会人)
土曜の昼から始めた1年分の書類整理が終わったのは日曜深夜。

(領収書の糊付けも布団の上で)
カセットボンベ同様これも、いつかはやらなくちゃいけない宿題にずっと手をつけないでいるような気分になってたシロモノだったから、ようやく着手できてスッキリした。
で、それと同時に。

(3行で済むことでもA4に印刷するのがお役所なのかぃ?そうなのかぃ?)
それよりも何よりも。

(こんくらいはすぐに散らかせるのが汚部屋住人)
ひとつのことを集中してやると他のことが煩雑になるこの性格はなんとかならねぇのか?と思うが、まあ、この程度の散らかり方はちょろいちょろい。(甘い)
で、昨日の朝のこと。
「紙だらけの重いゴミ袋3つとバッグを持って家を出て、そのまま出社っつうのは難しいかなあ」などと考えながら台所へ行くと、キッチンやリビングのゴミも結構な量になっていて、それに自堕落番長の御不浄砂(命名:夏目父)を加えたらやっぱ1回で捨てるのは無理っぽい。
平日の朝の1往復と2往復の違いはデカい。
仕方ない。紙ゴミは次のゴミの日に捨てるか・・・・と、ゴミ袋を眺めていると、あたしより早く起きていた夏目父が風呂から出てきた。
「おはよう」
「ああ、月曜日はゴミの日か」 ←とーちゃん挨拶!朝の挨拶!
「うん」
「ゴミ袋2つもあんの?」
「うん。でもこれ以外に、デカいのが3つある」
「ほう」
夏目父をあてにすることなく12年も暮らしてきたあたしは、ゴミ袋5つを、どうやったら2往復で運べるか?を考えていた。
が。
夏目家にまた奇跡が訪れた。
な ん で す と ?
「5個あるんだもん、普通は3個と2個だろーが」なんて思わない思わない。
1個でもびっくりだよ!
つうか、何だよぉ、とーちゃん。
急に普通の人になってくれるなよう。
びっくりするじゃねえか。
な 、 な ん で す と ?
「足し算も微妙なのかよ」とか「お前が3つであたしが2つっつうのもアリだぞ?」だなんて思わない思わない。
でもさあ、とーちゃん。
いきなり2個ってハードル高くね?(高くねえ)
「え、いいの?」
「いいよ。出かけるついでだし」
「2個もいいの?」
「いいよ」
「じゃあ軽いの2個、お願いします!」
「玄関に置いといてくれる?」
「かしこまり!」
台所とリビングのゴミをテキパキとまとめ、2個のゴミ袋を玄関の、いくら夏目父でも見落とさない場所に置き、あたしは風呂に入った。
風呂の中でも暫くは、「なんかの冗談か?」と思ったり、「「やっぱ、録画してるユーロ2008見たいから仕事に行くのやめた」なんて言い出しそう」と思ったり(あるあるー)、狐につままれたような気分。
が、夏目父が出かける音が聞こえると、今度はジワジワと嬉しさがこみあげてきた。
と・・・・
と ー ち ゃ ん が 改 心 し た ど ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ー !
(うるさい)
会社に行ったら部長に言おう。
あと、友達にもメールしよう。
叔母ちゃんにも従兄弟にもメールしよう。
夏目父の人と成りを知ってる人みんなに教えよう!
・・・・と、テンション上がりまくりで風呂を出た。
で、部屋に戻る途中でふと玄関に目をやると。

(あたしが置いたまま動きナシ。跨いで出てったと思われる)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いつもと変わりないとーちゃんでよかった・・・・。
なんて、全然ちっともさっぱり思わね。思うわけねえ。
モノで溢れかえった部屋にある不要品を捨てて捨てて捨てまくった女が次にすべきこと、それは。
・・・・まあ、あたしのように、「汚部屋暮らしのさなかでダメにした4畳半の部屋ひとつをリフォームしなければ先に進めねー」というヤツは置いといて、普通の汚部屋住人(オカシイ)が次にするのは、部屋に残った要る物を家具に収納することだろうと思う。
ところが、夏目調べによると、汚部屋住人の多くは収納も苦手。
そして多分、収納名人を部屋に連れてきて、鮨をおごって酒もたんまり呑ませて「じゃ、よろしくお願いしやす!」と言ったところで、その時だけは部屋が片付くんだろうが、元汚部屋住人がそれを維持することは多分できない。
これも夏目調べ。
モノを捨てる基準が人それぞれなように、自分の便利が他人の便利とは限らない。
自分の生活スタイルや性格を一番知っているのは自分なわけで、その部屋で生活するのも自分なわけで。
知識が無いのだから収納のスペシャリストにヒントを貰うのは有効だろうが、結局は、自分の頭と身体を使い苦労して工夫しなければ、自分にとって居心地のいい部屋を作ることはできないだろう。
・・・・と、ここ1年半くらいずっと思ってきたのだが、そんなあたしの思いを、まんま実践した人がいる。
それにしても。

(この便箋だって、サっと取り出せたハズ!)
なんてカワイイ字なんだ。
そう、あたしの中での彼女は、とても女性らしくてカワイイ人だ。
あたしとはまるっきり違うタイプの、オッサンっぽくない女性。
でも。
今回の本の中の彼女は、迷って悩んで立ち止まって、凹んで挫けて膝をつき、それに疲れて立ち上がりまたゆっくりと動き出す。
小さいことで大いに自分を褒め、ちっちゃくガッツポーズをしながら少しずつ前に進んでいく。
失礼なのを承知で言えば、その不器用さはやけに自分と重なる。
失 礼 過 ぎ ま す ね 。 そ う で す ね 。
つうわけで。
明けて昨日、池田暁子さんの新刊が出ました!
「片づけられない女のためのこんどこそ!片づける技術」「貯められない女のためのこんどこそ!貯める技術」に続く第3弾は!
ではもちろんなく、
整理整頓が得意な人にとっては当たり前でも汚部屋住人歴が長い人にとっては難しい、細々とした物の整理に、元汚部屋住人である池田さんがチャレンジした様子が克明に綴られています。
『 婦人公論 』 誌上での座談会で初めて池田さんにお会いした時に盛り上がった、「物の大きさの把握が苦手」ということにまつわるエピソードも出てきて、クスクス笑ったり、「そこで手ぇ止まんの、すげーわかるよう」と共感したりしながら、あっつう間に読み終えられる一冊です。
機会があったら是非是非読んでみて下さい。
あ、やべ。今日って資源回収の日だったような・・・・。



















