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BOOK INFOMATION

単行本 『 片付けられない女魂 』 は、Amazonマーケットプレイスで購入できます。
片付けられない女魂     Amazon
(扶桑社 / 全503頁 / 書き下ろしアリ)

深夜1時。
学校の脇に停めた車のフロントガラス越しに見える満天の星に圧倒されていると、ふと、自分が猛烈に〝誰か〟を欲していることに気がついた。
誰か。
この真っ暗な街じゃなく、明るいところにいる誰かと話がしたい。
突如湧きあがってきた欲求を抑えることができず、真っ先に思い浮んだ親友にかけた電話は、難なく繋がった。

「あれ?なんで繋がったんだろ?」

間の抜けたあたしの第一声に、彼女は泣きながら、「たぶん奇跡」と即答した。
言われてみれば、電話もメールも繋がらなかったこの日、なぜだかあたしの電話はよく繋がった。
夏目父の「今晩なに食べるの?」という呑気な声も、義兄の、「車が流されちゃったから明るくなったら迎えにきて」という震える声も、左手に握った黄色い携帯電話が聞かせてくれた。

「街じゅう停電してるから星がすごいんだよ」

それが伝えたくて電話をかけた気がしていた。
生きているということ。そして、星がとても綺麗だということを。

泣きながら相槌をうっていた彼女が言った。

「自衛隊が向かってるからね」
「え?来れるの?」
「行けるよ」

柔らかい彼女の声がキュっと引き締まる。
彼女が言うのなら本当なのだろう。
だけどあたしは、それを素直に受け容れられないほどの、大きな疑念を抱いていた。



「ちょっと確認したいんだけど」
「うん」
「本州、ちゃんとくっついてるの?」
「え?」
「福島あたりで切れちゃって、本州が二つの島になってたりしない?」



あんなに長くて激しい揺れと轟音だもの、細長い島が割れていてもおかしくない。
わりと本気でそう思っていた。



彼女は少し黙った後、一層引き締まった声で力強く答えた。



「今のところ、『本州が割れた』っていうニュースはやってないから大丈夫。行けるよ」



いまとなっては笑い話で、実際、彼女とこの時の話をするたび、涙を流して笑っている。
だけどそのときのあたしは本気で、だから、馬鹿なことだと笑い飛ばしたり茶化したり誤魔化したりしない、気休めでもない、真正面からの答えが欲しかった。
ここが日本から離れたわけじゃない。
ちゃんと道は続いていて、時間がかかるかもしれないけれど、助けはくる。
生きていれば、待っていれば、助けにきてくれる人がいる。
そう言いきってくれる誰かが、答えが、希望が必要だった。



あれから10年が経った。
「どうすれば助けられたのか」
自問自答はいまだに続いている。
「いつになったらふるさとに帰れるのか」
その問いに、真正面から答えてくれる〝誰か〟を求めている人は、まだまだたくさんいる。

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■ 夏目父はすこぶる元気です。スマホとノートパソコンとNintendo SwitchとスカパーとWOWOWとNetflixとAbemaTVとともに、不要不急の外出は控え、なんなら必要な外出もせず、急な用事は即座に諦め、「効率」や「努力」や「創造」や「生産性」という概念のない世界を易々とこしらえて、健全にひきこもっています。これから二度寝するそうです。

@natsume3am
あたしには、ふるさとと言える場所がない。
生まれたのは、父親がたまたま転勤で行った町だったし、その後も親の仕事の都合で全国各地を転々とした。
今の町に越してきたのは高校入試の願書締め切り直前で、それ以来、数年を除いてはほぼずっとこの町で家族と一緒に暮らしているけれど、なぜかいつまで経っても、「転々とする中でたまたま一番長く住むことになった町」としか思えなかった。
この町に墓まで建てたというのに、それでもここも、「ふるさと」とは違う気がしていた。

小さい頃、たびたび親戚の家に預けられた。
数日だったこともあるし、一年だったこともある。
世話をしてくれたのは、祖父母だったり伯母や伯父だったり年の離れた従姉だったりしたが、行き先は、母が生まれた町であることが多かった。
夏は、祖母が作った浴衣を着て、祖父のとっておきの場所で花火を見た。
船から打ち上げられる花火は、海に映って何倍にも輝いた。
祖父が漕ぐ自転車の後ろに乗って釣りにも行った。
針にかかった魚に引っ張られて海に落ち、立ち泳ぎを覚えた。
叔父に連れられきのこや山菜を採りにも行った。
あるだけ採ろうとするあたしに叔父は、「見つけた人のものじゃなく、みんなのものなんだよ」と言った。

小学6年で移り住んだ海辺の小さな町では、夏の朝早く、ラッパを吹きながらゆっくり自転車をこいで、おじさんがとれたてのイカを売りにきた。
家から学校までの道沿いにある魚屋さんで、その町では「あいなめ」を「ねう」と呼ぶのだと教えてもらった。
海水浴場へは船に乗って行き、桟橋に着く手前で船から海に飛び込んではしょっちゅう叱られた。
秋の終わり、学校の裏手にある山で松ぼっくりを拾った。
先生は教室の後ろに用意した大きなダンボールにそれを入れて、教室の石炭ストーブの火種にした。
石炭ストーブを見たのは初めてだった。
近所のお年寄りが飼っている大きな犬の散歩係になった日、突然走り出した犬に引きずられて体の半分をすりむいた。
次の日もその次の日もまたその次の日も引きずられてとうとう泣いたら、翌日から犬はゆっくり歩いてくれるようになった。
引っ越すことが決まった日、お父さんが持っている一番小さな船をこっそり持ち出したマサくん達と、無人島に探検に行った。
無人島だと思っていたのに、そこにはマサくんのおじさんが住んでいて、みんな頭をゴツンとやられた。

そして、家族4人でこの町にきた。
ほどなくして家族は3人になり、やがて2人になった。
あたしはこの町でたくさん笑い、すこし泣きながら大人になった。



震災に遭い、いまの町を歩いたり、馴染み深い町や久しぶりの町に行くようになってから、あたしにはふるさとがないのではなく、ふるさとが人より多くあるのかもしれないと思うようになった。
でも。
大勢できのこ鍋を囲んだ叔父の家は、まだ海の底にある。
夏の朝、ラッパの音で飛び起きた家は燃えてしまった。
夏目父は、この町で自分が始めた会社を「捨てて逃げるしかなかったしね」と言って笑った。



あたしのふるさとでは、今この瞬間も、多くの人が悲しみ苦しみ傷つき、絶望の淵で爪先立ちしている。


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 ■ 夏目父はすこぶる元気です。無駄に元気です。
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