十数年も、部屋に何がどれだけあるのかを把握できていなかったのに、片付け始めてからは徐々にそれを把握できるようになって、それと同時にぼんやりと、本当に忘れていたのか?忘れたかったのか?覚えなかっただけなのか?すら判らない、「過去の物に関する記憶」を取り戻してきている。
とは言っても大げさなことではなく、すごくすごく些細なこと。
たとえば。
未だに見つからないデジカメを最後に使ったのは2005年の初秋だったことや、昔自分が日記をつけていたことや、今飼っている猫を拾った日の情景。
些細なことだから忘れてしまうのかもしれないけれど、でも、あたしの物心ついてからの記憶にはだいぶ波がある。
だから。
ようやく土曜日に本格的に片付け始めた8畳の部屋のTVの脇にある収納家具の中に、やけに懐かしい物がたんまり入っている理由もさっぱり判らなかった。

右側はわかる。
記憶はおぼろげだけど、でも、わかる。

扉の前にTシャツ入りのダンボールを置く前までは一応正常に使えてた場所だから、CDやMDを入れる場所にしてみたんだろうね。(他人事かよ)
でも、左側が判らない。

パっと見て、そのほとんどはお姉ちゃんの物だと判ったけど、でもお姉ちゃんはあたしと違って片付けられる女だったから、こんな古い物を放置していたとは考え難い。
なんでかな。
なんでこんな物たちがここに入ってるのかな。
もしかするとお姉ちゃん、実は捨てられない人だったんだろうか?
そんなことを考えながらじーっと見ているうちに、頭の中に漂ってる濃い霧が次第に薄くなり始めた気がした。
でも、スッキリ晴れてはくれない。

カセットテープがあるのは判らなくもないけど、このケース、お姉ちゃんが小学生か中学生の頃に買ってもらったんじゃなかったかな。

うははははは!
懐かしいーーーーーー!
そうだそうだ。
お姉ちゃん、マッチとトシちゃんが好きだったんだ。
・・・・あれ?
ヨっちゃんは?(黙ってろ)

(左斜めの顔がイケてるってことになってたのかね)
コンサートにも行ってたのかあ。

(コンサートのパンフレット)
で。
(ヨっちゃんを除く)たのきんの前に好きだったのがゴダイゴ、と。
『 ガンダーラ 』 と 『 モンキー・マジック 』 と 『 銀河鉄道999 』 くらいしか知らないなあ。
あ、あと、『 ビューティフル・ネーム 』 も。
国際児童年のテーマソングか何かで、この歌で歌番組に出る時は決まって大勢の子どもと一緒だったよなー。

今思えば、あたしが、ガイジンみたいな発音で英語を話す日本人を見たのは、タケカワ・ユキヒデが最初だった気がするー。
お。本もあった。

アイドル本的なモノだったんだろうか。

(昭和54年。つーか、Part2は出たんでしょうか)
ちなみに、お姉ちゃんがゴダイゴやマッチやトシちゃんに夢中になった少し後、ようやくあたしもある人に夢中になるのだが、この時点ではまだ、そのことを思い出せていない。
次々と出てくる古いカセットテープには全てカセットレーベルがついていた。
それは当時よく 『 明星 』 や 『 平凡 』 についていた、歌手の写真をはめこんだもので、

( 『 ちびまるこちゃん 』 のアイドル)

(うちのお母さんのアイドル)
秀樹やらジュリーやら、1970年代から80年代前半に活躍したと思われる歌手のものがたくさんあったのだが、その中でもとびきり懐かしかったのがコレだ。

( 代表曲は 『 Deep 』 と 『 ヤング・セーラーマン 』 )
渋 谷 哲 平 。
(誰だか知らないおともだちはおうちの人に聞いてね)
いやー。
お姉ちゃんってば、おもしろい物をとっといてくれたじゃないかー。
おかげで、ここの片付けはものすごく楽しかったよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
でも、何でだ?
どーしてこんなに古いものを取ってあるんだ?
あたしは、この場所を片付け始めてからずっと頭にあった疑問の答えが見つけられないまま、収納家具の中に入っていた物のほとんどを詰め込んだゴミ袋を捨てに行った。
その後リビングへ行くと、夏目父はいつも通りソファーに寝転んで、DVDレコーダーのリモコンをいじっていた。
「映画観るの?」
「ううん。この間録画した 『 MUSIC FAIR 』 みるの」
「誰が出た時の?」
「スガシカオ。と斉藤和義とソエル」
「ああ」
「お前も見た?」
「うん。とーちゃん、結構スガシカオ好きだよね」
「びーずよりはね」
「ふうん」
「スガシカオって、職のあるヒキコモリ臭がプンプンする」
「だから好きなの?」
「そう。アウトドアとかスポーツが似合わない男って、見てて安心する」
「・・・・・・あたしはアウトドアやスポーツが全然似合わない、職はあるけどヒキコモリな父親を、毎日ハラハラしながら見てるけどね」
「だいじょうぶ。今月は大したモン買ってないから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そんな言葉を呑み込んで、2人でビールを呑みながらダラダラ話しをしているうちに、「とーちゃんなら何か知ってるかも」と思いつき、訊いてみた。
「あたしの部屋のテレビの脇にある変な棚の中に、お姉ちゃんが置いてった古いカセットテープとかがあったんだけど、お姉ちゃんってああいうのを取っておく人だったっけ?」
「ああ・・・・」
「ゴダイゴとか渋谷哲平とか近藤真彦とか・・・・」
「懐かしいねー」
「うん」
「あ、お姉ちゃんのは捨てていいけど、『 Santa Fe 』 は捨てないでよね」
「サンタフェ?」
「宮沢りえの写真集。あれは捨てないでよね、俺んだから。俺の部屋の本棚に入りきらなかったから、お姉ちゃんに置いて貰ってたの」
「『 Santa Fe 』 はどうでもいいけど」
「捨てんなよ?」
「なんでお姉ちゃんは、こんな古いテープを捨てないでいたんだろうね。すげー捨てる人だったのに」
「え?わかんないの?」
「うん」
「全部お母さんに買ってもらった物だからでしょう」
ああ・・・・そういうことだったのか・・・・。
言われてみれば、お母さんとお姉ちゃんはよく2人で出かけていた。
マッチのコンサートだって2人で行ったハズ。
お母さんが好きだったジュリーのコンサートにも2人で行ったハズ。
野生児だったあたしは、当時はそっち方面に全く興味がなかったから、2人が帰ってくるまで、夏目父と留守番をしていたんだった。
「捨ててよかったのかな」
「お姉ちゃんに、捨てていいって言われてた物なんでしょ?」
「うん」
「じゃあいいじゃん」
「そっか」
「『 Santa Fe 』 以外は捨てていいよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あたしにはあたしの、夏目父には夏目父の、そしてお姉ちゃんにはお姉ちゃんの想いがあることに、改めて気づいた日だった。
・・・・・・・・・・・・・・・と。
あたしがシミジミしている横で、夏目父が急に笑い出した。
「ぷぷっ・・・・!思い出したー!ねえ、あの中の物、全部見てみた?」
「ううん。まだ少しだけ残ってる」
「お前の物も入ってるからね」
「ああ。右側でしょ?CDとかバンドスコアとか」
「いや。お姉ちゃんの物に紛れてお前のものが入ってるハズ」
「そうなの?」
「お前が恋焦がれてた芸能人の新聞の切抜きを綴じたファイル1冊と、雑誌が1冊あるハズ」
「誰だ?それ」
「見てみりゃわかるよ」
「どーして覚えてるわけ?」
「だってお姉ちゃんが呆れてたもん」
「え?」
「お姉ちゃんがお前にあの部屋を明け渡した日、真っ先にお前があそこに入れた物があまりに渋すぎて、呆れたお姉ちゃんがわざわざ俺に見せにきたの。で、2人で大笑いした」
何だ?何だ?何なんだ?
自分の記憶のなさに呆れながら部屋に戻って見てみると、確かにそれはあった。
で。
いろんなことを一気に思い出した。

1986年。
JRがまだ国鉄だった頃。
10代半ばのあたしは、夜な夜な新聞からとある記事を切り抜いていた。
それが後に本になるなんてことは知らず、綺麗に切り抜いて、無印で買ってきたファイルに入れ、何度も何度も読み返してはじぃーん......ときていた。

1986年。
JRがまだ国鉄だった頃。
10代半ばのあたしが恋焦がれていたのは。
もうひとつの雑誌は、1991年に発売された 『Switch 』 だったけど、

(美しい日本のおじいさん)
やっぱりこれまた笠智衆。
小津安二郎の映画を始めて観たのが、10代半ばだったんだろうなあ。
映画が好きになったのも、この頃だった。
昔の自分を思い出したところで、片付けを中断し、

(中途半端でやめることには罪悪感など皆無)
リビングで夏目父と本格的に呑みながら、小津安二郎の遺作を見た。
で。
2人で号泣してそのままソファーで朝まで寝て、土曜日が終わった。
そして翌日曜は朝から、件の収納家具の解体作業に取り掛かった。
そう。
これを捨てればとうとう、
















