BOOK INFOMATION

単行本 『 片付けられない女魂 』 は、Amazonマーケットプレイスで購入できます。
片付けられない女魂     Amazon
(扶桑社 / 全503頁 / 書き下ろしアリ)



桐島カレンの凛々しいシェフスタイルが印象的な「聡明な女は料理がうまい」という本が出たのは、1990年のことらしい。
その頃あたしは既に彼女に出会っていたが、彼女の作った料理を食べてこの本のことを思い出すのはもっと後のことである。



先週女友達と呑みに行った。




(ケータイのカメラで撮って一番美味しそうに見えるのはビールだと思う)



彼女にどうしても渡さなければいけない物があった。





  iconicon
書店はもちろんのこと、
Amazon・楽天BOOKS・7andYなどのネット書店でも発売中でーす。



彼女は、自分で買った3LDKのマンションにひとりで暮らしている。
立派なマンションには、家中に高価な家具が並んでいて、照明もオシャレだし、選んだカーテンのセンスもすごくいい。
ただ。
どの部屋も、ものすごく散らかっている。
そう。
彼女は、友人・知人・同僚など、誰もが認める「片付けられない女」だ。



彼女はあたしの先輩だった。
出会った頃の彼女の印象は、美人で色白でスタイルも抜群、あたしより年上なのになんだか頼りなくて世間を知らなそうで、与えられた仕事はテキパキとこなすものの、時に上司や同僚と激論を闘わせて悔し涙を流したりもする、一生懸命だけどちょっと不器用な人だった。
ある日あたしは同期の女の子に、彼女の家に遊びに行こうと誘われた。
で、あたしは人の家に遊びに行くのが苦手だったから、その子の誘いをやんわり断ったのだが、同期の女の子は先輩である彼女が買ったマンションをどうしても見てみたいらしく、しつこく誘ってくる。
当時からあたしは、「つーか、お前がひとりで行けばいんじゃね?」と言うようなダメ女だったのだが、その子に対してだけは強く言えなかった。
ちょっと強く出るとヒステリックな声を出すその子のことが苦手だった。
穏便に断る方法を考えあぐねていた矢先、先輩だった彼女がこう言った。





「家、散らかってるんだけど、それでもいいならごはん食べにきてよー」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





ご は ん 食 わ せ て く れ ん の か ・ ・ ・ ・ 。
(昔から食い物にはてんで弱かった)





彼女の手料理に釣られたあたしは、同期の女の子と一緒に彼女の家に行った。
で、判った。
彼女が言っていた「散らかってるんだけど」は謙遜でも何でもなく、つーか、「散らかってるなんてレベルじゃねーし」というくらい彼女の部屋は酷かった。
しかも、汚部屋ではなく、汚家(おうち)。
どの部屋も、トイレも風呂も廊下までもが泥棒一過状態。
心底驚いた。
でもそれは、「まさか彼女が汚部屋住人だったとは!」という驚きではない。
これだけの汚家なのに会社の同僚を招く、彼女の神経に驚いた。
と同時に。
彼女がやたら面白い人に思えてきた。
美人なのに気取ったところがなく、正直で開けっぴろげ。
「これでも片付けたんだよ」というわりに、リビングの入り口には堂々と下着が干してあるし、ソファーの上は、彼女に似つかわしくないボロボロのTシャツが脱ぎ捨ててあるほか、彼女が一日のほとんどをそこで過ごしていることが判るような類の物が大量に置かれていて、座る場所がない。
キッチンの入り口にある大きなゴミ箱の脇に、ゴミが満杯に詰まった市指定のゴミ袋が置いてあるし、ダイニングテーブルの上は・・・・って、



テーブル自体、見えねーし。



普段の彼女と汚部屋のギャップに驚きながらもあたしは、ソファーに置いてあった、何週間か前の新聞を黙ってよけて、とりあえず、自分の座る場所を確保した。
ところが、だ。
一緒に行った同期の女の子がこの後とった行動に、あたしは腹を立てることになる。
同期の子は、その汚部屋を見て大きなため息をつくと、「信じられないっ!」と大声を出した。
驚いてその子を見た。
するとその子はまた大声で言った。



「あたし、こんな散らかってるの、許せないっ!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



じ ゃ あ 帰 れ 。



とあたしが言わなかったのは、同期の子に「許せない」と言われた家の家主である彼女が、なんとも呑気な受け答えしたからである。



「これでも片付けたんだってばあ」
どこを!

・・・・確かにね。そこはツッコミたくなるよね。
でも、家主は怯まない。

「散らかってるだけで掃除はしてるのよ」
「はあ?掃除機かける場所なんてないじゃない!」

・・・・確かにね。床があんま見えてないもんね。
でも、家主は動じない。
「散らかってる」って言ってるのに「いいのいいの。マンション見てみたいんだもん」かなんか言ってやって来て、部屋に入った途端ヒステリックにダメ出しをする会社の後輩の言葉なんてまるで気にしちゃいない様子。

同期の子は更に怒鳴る。

「我慢できないっ!片付けていいっ?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



だ か ら 帰 れ っ て の 。



誤解のないように言っておくと。
当時あたしは今のマンションの4畳半の部屋で生活をしていた。
その頃からあたしは片付けられない女だったが、4畳半はまだ汚部屋ではなく、狭くても親に与えて貰った自分の城で、試行錯誤しながらも日々人並みに暮らしていた。
あたしのタガが外れる前の話だ。
だから、汚部屋住人を擁護したわけではないし、同期の子の気持ちも判らなくはなかった。
確かにツッコミどころ満載の汚家だった。
でもあたしは昔から、意見を求められてもいないのに率先して他人にダメ出しばかりする人がどうしても理解できなくて、他人に安易にダメ出しをする人を見ると、「お前は人を評価できる程、立派な人間か?」と心の中でツッコミを入れたくなる。
ましてや、人の家だ。
一緒に住んでるわけでもなかろうに、キーキー言う必要がどこにある。
「許せないだの我慢できないだのと言うくらいなら帰りゃあいい」と、結構本気で思っていた。
その子が全く我慢できないワケじゃないのは判っていた。
そういう子なんだというのも判っていた。
今になって思えば、郊外に建つ古い実家で厳しい親と一緒に暮らしていたその子には、独身なのにファミリータイプのマンションを買い自由気ままに暮らしているように見える彼女を妬ましく思う気持ちがあったのかもしれない。
どこかで彼女よりも優位に立ちたかったのかもしれない。
でも、だ。
そもそも、短時間で片付くレベルではないような汚部屋なのだ。
それに。
家主の彼女はその時キッチンに立ち、あたしたちのために料理をしていた。
つまり食事の前だ。
落ち着け。食事の前にヒステリックな声を出すな。メシが不味くなる。
それと。
今キミは「片付けていい?」とか言ったけど、頼むからやめてくれ。
片付けないでくれ。
考えてもみろ。
こんな汚家を今片付けたら、





部 屋 に 埃 が 立 つ じ ゃ な い か 。





埃が舞い踊る部屋で食事をするなんて、あたしだって結構イヤだぞ。
頼むから座れ。
キーキー言いながら仁王立ちせずに、まず座れ。座っておくれー。
・・・・と、あたしはひたすら祈っていたのだが、その子はそのあとすぐに、部屋を片付け始めることになる。
何故なら。
家主である彼女が言ったからだ。
「いいよぉー。片付けてぇー」と言ったからだ。



随分経った今でもこの時のことは、鮮明に覚えている。
同期の子のヒステリックな声も、家主である彼女の呑気な声も、二人のやり取りに随分イラ立ったのにひたすら黙っていた自分の気持ちも。
そしてあたしがその日以来、同期の子が更に苦手になり、家主である彼女のことが断然好きになったということも。
しかしこの時あたしが一番衝撃的だったのは、彼女が作ってくれた料理が抜群に美味しかったことである。
同期の子は食事の最中も彼女にダメ出しをしまくりだったし、彼女は同期の子の気持ちを逆撫でするほどに呑気だし、あたしはとにかく埃が気になっていたのだが、そんな劣悪な環境で食べたにも関わらず、彼女が作ってくれた料理は美味しかったのだ。
ちなみに。
今は埃くらい何でもない。
「埃?食ったって死なねーだろ」くらい何でもない。(オカシイ)



聡明な女は料理がうまい。



あたしは彼女の手料理を食べながら、「数年前に流行った桐島洋子の本はそんなタイトルだったじゃないか」と、心の中でツッコミを入れていた。
というか。



聡明じゃないのに料理が上手な女もいるわけか。
(失礼極まりない)



と、ご馳走になっている身にあるまじきことを考えていた。



彼女はいつでもあたしのことを「冷静だ」と言う。
彼女は自ら人生の別れ道を作りたがるタチで、これまで何度も大きな選択をしてきているのだが、そんな時の彼女の頭の混乱ぶりを見れば、こっちは否が応にも冷静にならざるを得ないだけだ。
しかも彼女は、深く考えれば考えるほど非現実的な結論を出すもんだから、危なっかしくてしょうがない。

常に悩んだり迷ったりしている彼女はいよいよの時、必ずあたしに相談をしてくるのだが、そのたびあたしは一言で片付ける。
たとえば、彼女が結婚を決めた時にあたしが言ったことといえば、「あんなゴミみたいな男と結婚するお前がバカだ」だったし、彼女が会社を退職しようか迷っている時は、「今辞めなくていつ辞めんのよ」くらいのことしか言っていない。
「冷静」じゃなく「冷血」に読めるかもしれないが、あたしは、あたしに相談する時点で彼女の中で答えが出ていることを知っているから、反対意見でも賛成意見でも、その時自分が思ったことをアッサリ答えているまでだ。
そしてもちろん、彼女だってあたしの言ったことを鵜呑みにするわけじゃない。
賛成意見を言われれば背中を押されるのだろうが、反対意見を言われたからって、自分が決断したことを諦めたりはしない。
現に彼女は、あたしが「ゴミみたい」だと言った男と結婚した。



数年前、彼女が離婚を決めた時は、祝福の意味を込めて、離婚届の証人欄にサインをした。
「だから言ったでしょう」とは思わなかった。
ちなみに。
離婚届を持ってあたしの前に現れた彼女にあたしがかけた言葉は、



「おつかれさまでした。よくぞ今まで頑張りました」





と、





「こんなモン書いて貰うために人の会社まで来るなよ」





である。



そんな危なっかしい彼女は、やっぱりあたしの中では「聡明」とは対極にいる人だ。




(単行本用に書いた文章をゆっくり読む彼女)



あたしは、彼女が自分の本を読んでいる姿を見ながら想った。
あたしの人生で一番酷い時に彼女がくれたたった2行のメールは、今でもあたしの宝物だ。
彼女の人生で一番酷い時・・・・は、一度や二度ではなかったが、あたしは不幸のどん底にいる彼女のそばにいた。
お互い、平凡じゃない人生を送ってきたんだなあと、改めて思った。
でも。
そんな人生を送ったからこそ深まる絆も確実にある。
望んじゃいない人生でも、だ。



そういえば彼女はこの日も、あたしに相談をしてきた。
ただ、それを語った彼女はこれまでとはちょっと違っていて、いつもより頭の中がスッキリしている気がした。
一通り話を聞いてあたしは、「いんじゃないの」と言った。
彼女はいつも通り、「いいのかなあ」と言う。
でもその「いいのかなあ」は、少しだけ楽しそうだった。
今度の決断には、彼女も少し自信があるんだろう。
「いんじゃないの」とあたしが再び言うと、彼女はにっこり笑って「良かった」と言った。



聡明じゃなくてもいい。
片付けられなくてもいい。
パーフェクトじゃなくていい。
不器用だっていい。
愛情溢れる激旨料理が作れる彼女みたいに、ひとつだけ自分に自信が持てることがあればいいんだ。



さて、あたしはこれから何を極めようか。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「片付け」でないことだけは確かだ。





人気ブログランキング
 インテリア・雑貨カテゴリの50位以内に、汚部屋系ブログが8つもランクインしてる件。