BOOK INFOMATION
夕べ酒の席で、好きな季節の話になった。
あたしの上司は、上から数字を求められる年度末から年度初めが大嫌いで、何の因果か山ん中に住むハメになっている南国生まれの同僚は、初秋から初夏までは実家に帰りたくなるらしい。
同僚の吉田は春を「世の中にやる気が溢れててウザい」と言うし、背中合わせの席にいる同僚の柳沢は、バレンタインデーとクリスマスと誕生日なんて無くなればいいのに、だそう。
そういえば、夏目父は、虫が湧き始める初夏が嫌いだし、コスメマニアな女友達は汗で化粧が崩れるから真夏が嫌いだと言っていた。
で、あたしはというと。
暑いのも寒いのも平気だし、年末進行の仕事が詰まり始める今の慌しさにもとっくに慣れた。
桜を見ながら酒を呑むのは好きだけれど春が大好き!というわけでもないし、クリスマスや誕生日は随分前からあたしにとっては平日だ。
つまり。
嫌いな季節もないが、好きな季節も特にない。
というか。
大人になってからは、季節を好き嫌いで括ることなく過ごしてきた。
通勤時間が短くて、空調設備の整ったオフィスで仕事をし、家では部屋に閉じこもって何もせずに過ごしているから、四季を感じる神経が鈍くなったんだろうと思う。
ところが、そんなだったあたしがここ1年ばかり、家でやたら季節を意識している。
1週間ほど前のこと、4畳半の部屋にあるベランダに出てみると、

(斜めったまま育った)

(なんか健気。すげえ健気)


(こんなのがわんさか突き出ている)
せっかく種ができたのだから、採らない手はない。
知らない間に房が開いて種が飛び散ってしまわないよう、日々草の鉢を部屋の中に入れることにした。

(枯れたところをチョン切ったら貧相になったドラセナ)
花を愛でる気が全くなかったあたしが、日々草を種から育て花を咲かせまた種を採ることになるなんて思ってもみなかった。
いや、それ以前に。
直径15~6センチの世界に季節を感じる極々普通の生活が結構楽しいということすら知らなかった。
夏が好きだ、冬が好きだと同僚たちが盛り上がっている中、この手のことを真剣に考えるのがメンドウなあたしは、「好きな季節も嫌いな季節もない」と答えた。
すると、上司や同僚たちは、まるであたしがそこに居ないかのように喋り始めた。
吉田 「まあ、夏が好き!っつう元気キャラでもないもんな」
柳沢 「1年365日不機嫌そうだから春夏秋冬全部が嫌いなのかもしれませんよ」
上司 「不機嫌そうじゃなくて実際不機嫌だろうよ。お前が地雷踏みまくるから」
南国 「っつうことは、柳沢に会わないでいられるから休日だけが好きとか?」
柳沢 「ヒドイっすー」
南国 「ところでアイツの趣味って何?」
上司&吉田&柳沢 「麻雀」
南国 「それ以外で。季節感のある趣味はないのか?」
上司 「麻雀以外に趣味はないだろう」
吉田 「夏目、骨の髄までオッサンですからねえ」
南国 「スカート履いてんのにね」
吉田 「女装癖のあるオッサンだから」
柳沢 「つまり変態ってことですね」
上司 「そうなるなあ」
南国 「じゃあ、春が好きなんじゃね?」
柳沢 「どうしてですか?」
南国 「変態なオッサンと言えばトレンチコート着て御開帳だろ。アレって春じゃね?」
柳沢 「なるほど!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
おうこら。調子こいてんじゃねえぞ、柳沢。
おうこら。調子こいてんじゃねえぞ、柳沢。
吉田 「あっ!思い出した!」
南国 「なになに?」
吉田 「夏目は冬が嫌いだ!」
南国 「マジで?」
吉田 「うん。有り金全部賭けてもいい」
上司 「何で」
南国 「寒くて御開帳できないからか?」
柳沢 「なるほど!」
吉田 「それも理由のひとつかもしれねえけど」
南国 「他にも理由が?あ!女の子が厚着になるから!?」
柳沢 「じゃあ真夏も好きでしょうねえ、夏目さん」
上司 「そういう意味なら俺も真夏が好きだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どさくさに紛れて何カミングアウトしてんだよ、部長。
どさくさに紛れて何カミングアウトしてんだよ、部長。
そろそろ話を止めに入ろうかとも思ったが、どうして吉田の中であたしは冬が嫌いってことになっているのか、あたし自身全く見当がつかないから先が気になった。
何でだ?吉田。
南国 「で、吉田さん。それ以外の理由って何」
柳沢 「ものすっごい女子な理由だったりして!」
上司 「あり得ねえだろ」
南国 「あり得ないっスね」
吉田 「あのね」
南国 「うん」
吉田 「この間、昼休みにスポーツ新聞読みながらアイツ」
上司 「うん」
吉田 「「(プロ)野球がない時期は、ニュースと新聞がつまんねえ」って呟いてたんスよ」
南国 「・・・・・・・・結局オッサンだな」
柳沢 「そうっスね・・・・」
上司 「知ってたけどな・・・・」
吉田 「ええ・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そんなわけで、あたしは冬が嫌いということになったのだが、今朝になって気づいた。
冬が嫌いなワケないよ。
だって、こんな楽しいモンがあるんだもの。
テンションあがるわー。
結露サイコー!
水滴ワイパー、ばんざーい。
あ、そうだ、吉田。
有 り 金 全 部 、 没 収 な 。
それと、他の3人。
放 課 後 、 体 育 館 の 裏 な 。
(どこの!)
(どこの!)
マンガを買わなくなって暫く経つ。
週刊のも隔週のも月刊のもコミックも、学園モノも恋愛モノもいつの間にか縁遠くなり、今あたしが読むマンガといえば、雀荘で卓が割れるのを待っている間、英気を養うつもりで手にする 『 哭きの竜 』 と 『 アカギ 』 と 、時々 『 ゴルゴ 』 。




まあ、これを読んで気合いを入れ、哭きの竜よろしく、「悪いな、それロンな」なんてカッコ良く決める気満々で卓についたところで、入れ歯をカポカポさせてる対面の推定無職なオヤジに、「ねえちゃん、ごめんねえ。それロンなんだよねえ(カポカポ)」と言われちゃったりするのがオチなのだが。
とにかく。
自分で好んでマンガを読まなくなって暫く経つから、ここ10~15年のマンガは近代麻雀系以外知らない(なんつう女もどうかと思う)し、それどころか、かつて自分がどんなストーリーに胸をトキメかせていたのかもよく覚えていなかった。
それと同時に。
8畳にあったおねえちゃんのマンガを読んだ時と同じように、昔は何かを感じたであろうマンガを読んで何も感じなくなってたらイヤだなあとも思っていて、だから今回は、魔物に憑かれるのも恐る恐るだった。
うむ。
確かに好きだったぞ、くらもちふさこ。
『 海の天辺 』 あたりまでは全部持ってるハズだし、
どれもこれもが大好きだった。
でも。
心身共に穢れて荒んでやさぐれた今のあたしが読んで、「いいなあ」って思えるんだろうか?
・・・・と思いながらパラパラと捲って気がついた。
そうかそうかー。
おねえちゃんのマンガの中で残したアレって、『 いつもポケットにショパン 』 に似てたんだー。
じっくり読むのは後にして、他は何が入ってる?
ああ!ああ!!
下宿やってる家の娘が、高校の先生とか下宿人とかにモテモテのヤツ!
で、他は?他は? ←気分が乗ってきた

(初版が1977年ですってよ、奥様) ←誰
あー、岩館真理子かー。
これは同級生同士の話だったと思うけど、他のは、「え。○○クンに彼女がいたの・・・・!?」って驚いて落ち込むんだけど、実は彼女じゃなくて従姉妹だったとか姉だったとか妹だったとかいうパターンが多かった気がするんだよねえ。
今でもそのシチュエーションに萌えんのか?俺。

マーガレットコミックスばっかだと思ってたら、やっぱあったか、りぼんのも。
そうだそうだ。
小椋冬美の書く大人っぽい女の子が好きだった時期あったなあ。
でも、どう考えても、今のあたしのほうが全然大人なんだよなあ。(当たり前)
そして最後はやっぱコレ。

(ク、クラウス!!!!!)
いやー、懐かしい!
忘れもしないよ。
これは最初、お母さんが買ってきたんだ。
おねえちゃんもあたしもこっち系(どっち?)には興味がなかったのに、お母さんがせっせと買ってくるもんだからどんどん読んでるうちにハマったんだった。
家族4人で読んだもんなあ。
友達にも貸しまくったなあ。
だからこんなにボロボロになったんだよなあ。

(破ったりセロテープで補修しやがったのは、多分末娘)
ちなみにこの 『 オルフェウスの窓 』 は全18巻。
姉もあたしもそれはもう頻繁に友達に貸していたのだが、中には又貸しする子なんかもいたりして、貸した本人達ですら誰に貸したのかあやふやになったりした。
それなのに今我が家に全巻揃ってあるのは、このおかげなんじゃないかと思う。

(最後のページにある母親の字)
マンガ本に自分んちの住所と名前を書くなんて今じゃ絶対考えられないが、親は親なりに、子供だけの社会でもちゃんと「借りて返す」というルールが守られるよう考えてくれたんだろう。
なんにでも名前を書けばいいってもんでもないが、友達から借りた本にもしも、大人の字でしっかり住所と名前が書いてあったなら、なーんとなく早く返したくなってしまう、あたしは。
そういえば。
「ゴミを捨てないで下さい」「犬のフンは持ち帰りましょう」「無断駐車厳禁」などの張り紙は、見易く綺麗に印刷するよりも、下手でもいいから手書きしたほうが効果が大きいという話を、だいぶ前にテレビで見たことがある。
確かに、看板みたいなスマートな注意書きは見過ごしてしまいがちだけど、たとえば筆書きで縦書きで、「ゴミを捨てるな」と書いてある場所にうっかりゴミを落としたら、どこかでじーっと見ている怖いオヤジが「こらー!」って走って出てきそうな気がする。
・・・・と、30年くらい前の親の字を見ながらアレコレ考えつつ、いよいよ、魔物にどっぷりハマることにした。
で、その結果。
『 いつもポケットにショパン 』 でジーンとなり、
『 オルフェウスの窓 』 でウルっとなる。
が。
あたしの後追いで読み始めた夏目父は、
『 オルフェウスの窓 』 を読んでポロポロ泣いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って。
乙 女 か 。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って。
乙 女 か 。
会社帰りにスーパーマーケットに寄り、我が家の冷蔵庫の必需品である納豆を買って家に帰った。
リビングへ行くと、夏目父はつまらなそうな声で「おかえり」と言い、疲れてるのか機嫌が悪いのかどちらかだろうなと思いながら「ただいま」と言った後で冷蔵庫を開け、買ってきた納豆を入れた。
って、いきなり余談だが。
近所のスーパーマーケットで仕事帰りに食料品・・・・というか納豆を買うことが多いのだが、いつも行く店でもいよいよレジ袋が有料になったというのに、計画性のないあたしは6回連続でエコバッグを持って行くのを忘れていて、その結果、毎回納豆だけを手に持って家まで帰るハメになっている。
2パックで98円の納豆を持って帰るために5円のレジ袋を買う虚しさを考えれば、シールを貼って貰い納豆パックを手に帰宅することなどワケないのだが、そのマヌケな姿を、よりにもよって会社の人に見られたからさあ大変。
目撃談があたしの直属上司の耳に届いた頃には、
夏目は、納豆を手掴みで食いながら飲食街を徘徊していたらしい。
なんつう、オモシロ話に変換されていた。
「お、お前、なんで家に着くまで我慢できないんだ?」
「・・・・・・・・・・」 ←真に受けんなよ、と思っている部下
「どうせなら、おにぎりにすりゃあ良かっただろう」
「・・・・・・・・・・」 ←裸の大将かよ、と思っている部下
「タレも何も入れないでそのまま?」
「・・・・・・・・・・」 ←それを訊いてどうするよ、と思っている部下
「それにしても何で納豆を食っちまうかなあ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「 誰 が 食 う ん じ ゃ 、 ボ ケ 」
(註:部下が上司に言った言葉です)
「 誰 が 食 う ん じ ゃ 、 ボ ケ 」
(註:部下が上司に言った言葉です)
「違うの!そうじゃないの!」と言って歩くのがメンドウなのでこの手の話は概ね放置しているのだが、とりあえず近いうち、諸悪の根源である目撃者の柳沢をボッコボコにしてやるつもりだ。
閑話休題。
あたしが、買ってきた納豆を冷蔵庫に入れるのを見た夏目父は立ち上がり、「ごはん食べよう」と言った。
なんだ。
疲れてたんでも機嫌悪かったんでもなく、腹減ってただけかよ。
そんな夏目父のことはさておき、翌日が紙ゴミの回収日だったことを思い出したので、あたしはメシより先に新聞やダンボールを束ねてしまうことにした。

(紙類の回収日が月1から月3に増えたというのに、結局月1しか捨ててない)
次いで、瓶・缶・ペットボトルの回収日も翌日だったことを思い出し、翌朝バタバタしないよう、夜のうちにマンションの1階に捨てに行った。

(マンションで、前夜捨ててOKとされているのはこの類だけ)
よぉーぅし、これで準備万端だ。
しかしあれだなあ。
ちゃーんと、決められた曜日に決められたモンを捨てられるようになったなあ。
うっかりしまくってた日々が嘘みたい。
今なら、カレンダーにゴミの日を書き込む人の気持ちが判るもんなあ。
1年くらい前は判んなかったのになあ。
でもなんか最近、「ゴミの日」に囚われてる気もするよ。
毎日が何かのゴミの日だから、いつも「捨て忘れませんように」って思いながら生きてる気がする。
いかんいかん。
ゴミを捨てることなんて生活のほんの一部じゃん。
うっかり忘れたところで気にしない図太さも必要だぞ。絶対に。
なんてことを思いながらマンションの階段を上がり、玄関を開けた。
すると。
あたしの部屋から今まさに出ようとしてる夏目父と鉢合わせになった。
「なに?」
「捨て方わかんないのがあったから、パソコンのとこに置いといた」
「ほう」
「要らないのに、あれ」
そう言うと夏目父はリビングへ戻って行った。
何の捨て方が判らないのか判らないが、わざわざあたしの部屋に持ってこなくてもいいのに。
いつもみたいにリビングのテーブルに置いといてくれれば捨てるのに。
そう思いながら部屋に入り、真っ先にパソコンデスクを見た。

(なるほど)
納豆についてくる辛子か。
確かに、あたしもコレは要らねえと思うぞ。
いや、納豆に辛子入れるのはいいんだけど、この小せぇ袋はいただけない。
ちょーっと勢いつけちゃうと手につくしさー、プラゴミマークがついてるけどちゃんと洗わないとプラゴミで出せないしさー、でも小さすぎて洗う気しねえしさー。
だから結局いつも、チューブの辛子使っちゃうんだよねえ。
でも。
だからってわざわざあたしの部屋に持ってくる意味が判んねえなあ・・・・。
なんてことを思いながら辛子の袋をアップで撮ろうと思ったその時、目測を誤ったのか、指先で辛子の袋を弾いてしまった。
で、絶句した。

(疲れ目か?)
(ゴシゴシゴシゴシ・・・・)

(疲れ目だったら良かったのに)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これをわざわざあたしの部屋に持ってきたのは、「さっきお前が冷蔵庫に入れた2パックの納豆、2つとも食いました♪」っつう報告か?
そんな報告いらねえんだけど。
つうか。
食 う な 。 い や マ ジ で 。
世間にだいぶ遅れたものの、地球に優しくないあたしが真面目に分別し始めて1ヶ月ちょっと経った。
リサイクル出来ない有料ゴミが格段に減るのは予想していたが、本来、しっかり分別すればするほど増えるハズのプラゴミも格段に減った。

(我が街指定の一番小さいプラゴミ袋15Lをフルにするのに35日)
分別することによってプラゴミの絶対量は増えたのだが、分別を意識するようになったら、近所のスーパーマーケットの前にある発泡スチロールの食品トレイや卵のパックの無料回収BOXが俄然ステキに思えてきて、平日の朝、食品トレイをひとつ持って家を出て、通り道にある回収BOXにポロンとそれを入れた後は、たったそれだけのことに軽い充実感を覚えたりもしている。(オカシイ)
分別がメンドクサイことには変わりはないし、我が街のゴミ出しマニュアルによると発泡スチロールの食品トレイはプラゴミとして各戸で捨てていいのだし、そうしたところで生活を圧迫するほど高いゴミ袋でもない。
でも、朝にポロンとした日は、いつもより少し背筋が伸びて、ほんの少しだけ気合いが入る気がしている。
さて。
あたしが自己満足で自己陶酔しながらポロンとしている間も夏目父は、分別とかリサイクルとかエコとか節約とか倹約とか、ゲームを控えるとか自堕落番長の抜け毛掃除をするとかトイレットペーパーを使い切ったら補充するとかとは違う世界で生きていた。
あたしが、「哀川翔ンちは、「トイレットペーパーがなくなったのを見て見ぬふりをして出てきたら半殺し」だってよ」と言ったところで、「哀川翔ンちの子どもじゃなくてよかったー」と言う呑気っぷりで、娘が、
それを我が家の家訓にしようとしてるなんて、気付く気配がない。
(鬼娘)

(今のところは許す)
(鬼娘)

(今のところは許す)
ただ、「気付いた人がやればいんじゃね?どっちも気付かなかったらどっちもやらなくていんじゃね?」というのが暗黙のルールになっている我が家で、相手に家事を強いることは皆無なので、トイレットペーパーに特化してルールを設けたところで、大勢に影響が無い気もする。
第一夏目父は、トイレットペーパーのストックが無くなっても、徒歩3分のところにあるスーパーマーケットにそれを買いに行ったりしない人である。
気まぐれに、年に1回くらい、消耗品や食料品を買ってくることもあるが、「荷物が重くて肩が抜けそうだった」とか「レジ袋が食い込んで、腕が折れるかと思った」とかいう話を何回も何日もしやがる。
それを思えば、家事一切やらないでくれたほうがずっとずっとありがたい。
で、連休最終日のこと。
夏目父があたしの部屋にやってきて、「保冷バッグみたいなの無い?」と言う。
「保冷バッグ?」
「今日(親戚から)送られてきたぶどう、明日会社に持っていこうかと思って」
「ほう」
「どうせ食べないでしょ」
「うん」 ←果物全般、食うのがメンドウ
「俺も食わない」 ←同じく
「うん」
「なんかあの、銀色のピカピカした保冷バッグ、うちにない?」
知 ら ね 。
あたしの部屋にはないけれど、果たして家中どこを探してもないのかどうかは知らないし、家のどこかでいつか見かけた気もするけれど、それが今でもあるのかは知らない。
つーかそもそも。
買ってきた醤油をシンク下に入れようとして扉を開け、そこに、開封していない醤油があるのを見つけて膝がカクンとなっているような娘だよ。
自分が買ってきたものすら記憶に無いんだもの、買ったわけでもない保冷バッグがあるかどうか、判るわけがねえ。
・・・・と、逆切れしたところで、「ああそうですか」と引き下がる親でもない。
「あるのかないのか判んないけど、あるとすればシンクの下かなあ」
「シンクの下のどこ?」
「・・・・左のほう」 ←扉開けて隅から隅まで全部見ろや、と思いつつ
「左ね」
「紙袋が入ってるとこがあるから」
「へー」
「つっても、ここ何年かは開けてみてもいないけど」 ←本当
「あっ、思い出した!そういえば、袋置き場があったね!」
「・・・・いや、なんとなく突っ込んでたら溜まっただけです」
「そうなの?」
「ええ。雑な娘ですいません」
「いや、ずっと前にそこを開けてみたら紙袋が並んでたから」
「うん」
「袋はそこに入れるって決めてるんだと思って」
「ほう」
「部屋にあった紙袋とかレジ袋とかをせっせと入れてたんだよ、俺も」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
怖いですぅー怖いですぅー。
余計なことをしてる予感がビンビンして、
先を聞くのが怖いですー。
先を聞くのが怖いですー。
「えーっと、紙袋とレジ袋の他はどんな袋をお入れになりました?」
「んー、忘れた」
「そ、そうか」
「紙袋とレジ袋以外に袋っていったら」
「うん」
「手袋とかお袋とか堪忍袋とか?」
おうこら、ジジイ。つまんねえこと言ってねえで、ちゃんと考えろや。
(良い子のみんなは真似しちゃダメよ☆)
(良い子のみんなは真似しちゃダメよ☆)
が、ここで急に、数年前の我が家で、ある物が無くなる事件が頻発したことを思い出した。
土曜日に買ってきたハズなのに月曜の夜には無くなっている。
が、たとえば、醤油を買いに行ったハズなのに卵だけを買って帰ってくるなんてことはザラなので、「あれー?あたし買ってこなかったんだっけ?」と思いながらまた買いに行く。
で、数週間後、まだ随分残っているハズのソレが無くなっている。
そういうことが実に頻繁にあった。
ただ。
人生で最も精神的に落ちていた時期で、常に頭の中に靄がかかっていたから、あるはずのモノが無いというおかしな状況も、自分の精神状態がかなり切羽詰っていることの表れのような気がして、小さくタメイキをついては、「だいぶヤバイぞ、あたし」と思ってばかりいた。
でも、あれは無くなったんじゃない。
あたしが買ってきたそばから、夏目父が気まぐれにせっせと、仕舞っていただけなのだ。
そう確信したあたしは、夏目父を部屋に置いたまま台所へ行き、シンク下の扉を開けた。
で、見つけた。

(もう使えない旧タイプの指定ゴミ袋)
いろんなことを思いながらゆっくり数えてみたところ、オソロシイことに160枚もあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それにしても。
あたしが買ってきたゴミ袋をせっせとシンク下に仕舞っていた夏目父は、どうして「いっぱいあるのに」とか言わなかったんだろう。
つうか。
こんな大量に無くなってんのになんで買わなかったことにしてしまってたんだろう、あたしは。
ゴミ袋として使えなくなったこれらは、ただのデカいビニール袋でしか無い。
デカいビニール袋があって困ることは無いが、160枚は要らない。
かといって、これをプラゴミとして捨てるのは気がひける。
どうしたものかと思いながら、ゴミ捨てマニュアルを見てみた。
で。
あたしみたいな阿呆の救済措置が講じられていることを知った。
そうと知ったら善は急げだ。

160枚の旧ゴミ袋をバッグに詰めて市の環境局へ行き、新しいゴミ袋に交換してもらった。

(旧ゴミ袋10枚→新ゴミ袋1枚という、アホに有り難い救済措置)
ほんの2ヶ月前のあたしなら、交換してくれると知ったところで確実に、何の罪悪感も無く捨てていたのに、分別を意識し出した途端、有料ゴミが増えることのほうが煩わしくなったのは自分でも意外だった。
で、昨夜のこと。
リビングで、日本シリーズを見ながら親子で呑んだくれていると、思い出したように夏目父が口を開いた。
「そういえば、アレあった?」
「ん?」
「保冷バッグ。あった?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
知 ら ね 。
(ゴミ袋に気を取られて探し忘れた)
知 ら ね 。
(ゴミ袋に気を取られて探し忘れた)
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