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片付けられない女魂     Amazon
(扶桑社 / 全503頁 / 書き下ろしアリ)



アラームなしで目が覚めた。
ぼーっとした頭でシャワーを浴び、いつものようにバスタオルで身体をパンパンしながら部屋に戻ると、化粧をして服を着た。
で、時計を見た。
朝6時半か。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
あ゛?
ろくじはんだとぉー?



ホームセンターの開店まで、まだ3時間半もあるじゃねえか。
(起きたらまず時計を見ろ)



家から5分10分のホームセンターに行くのに早起きする必要がないのは百も承知だが、出かける準備が出来てしまってから早起きしたことに気づいたわけで。
二度寝する気にもなれないので、前日書いた買い物メモを見直していると、ふと、壁にひっついた塊が取れそうな工具が家にあることを思い出した。






(まさにコレ!)



一昨年あたりだろうか。
同じビルに入っている企業が事務所を閉めることになり、オフィス用家具やら事務機器やら、処分にお金がかかる物を買い取って貰えないだろうかと、声をかけてきたことがあった。
で、目ぼしい物がないか見てくるよう上司に言われたあたしがその企業に行き、事務用消耗品を安価で譲り受ける話をまとめて帰ろうとした時、雑貨がドシャっと詰まったダンボール箱の中からこれが覗いてるのを見つけたのだった。
これを指さして「いくらですか?」と訊くと、その企業の社長さんは「そんなモンが欲しいの?」と言って大笑いし、「タダでいいよ」と言ってくれた。
あたしは大喜びしながら、雑貨に紛れてチョロっと出ていた平らな部分をつまんで引っ張った。
が。
それは想像していたのとは全く違う物で、あたしは危うく、「なーんだ」と言いそうになった。
平らなところだけ見て、



お好み焼きのコテだと思い込んでたんだよね・・・・。
(マジで)




一旦喜んでしまった手前、「やっぱいいです」とは言えず、あたしはこのバールだけを手に持ち、会社に戻るハメになったのだった。
未使用品らしくピカピカだったから捨てる気にはなれず、かといって使うあてもなかった厄介モン(失礼だ)を、このタイミングで思い出せたのは奇跡に近い。(夏目基準)
非常識にならないくらいの時間まで待ち、午前9時半、4畳半の壁にある塊の根元にコテっぽい部分を当てて金槌で叩いてみた。
最初は全然要領が掴めなくて断熱材にグサグサ突き刺してばかりいたのだが、角度を変えてリトライすると、塊がゴロンと取れた。




(案外美しく取れたと思いきや)


(こっちはコテの痕だらけ)



2、3個やればもうちょっと要領よくできるでしょう。そうでしょう。
というわけで、買い物リストから「タガネみたいなの」が消えた頃、いよいよホームセンターに向けて出発した。

真っ先に手に取ったのはマスク。
ゴツい防毒マスクを見つけて大興奮し、危なく8,000円くらいのを買いそうになったのだが、



粉塵用だぞと自分に言い聞かせ、そこにあった中で一番安いのにする。








(5枚入りを税込80円で購入)



で。



80円のマスクに決めるのに2時間もかかったことに気づく。
(アホか)



こんなんじゃ全部買い終わるまでに何時間かかるんだよっ!と軽く焦ったので、気持ちを落ち着けるためひとまず、



ペットコーナーで小一時間、犬に遊んでもらう。



この時点で既に13時。
10時の開店と同時に店に入ったハズなのに13時。
閉店時間まで7時間しかないことにまた軽く焦り(オカシイ)、GLボンドコーナーへ向かうも、ふすま紙の張り替えの実演に見入ってしまい30分経過。
ホームセンターのおじさんの見事な手捌きに拍手してる場合じゃなかったよ。
一番危険な電動工具コーナーには立ち寄らず、なのに、ペンキコーナーに引っ掛かり、更に小一時間のロス。

念のため書いておくと。
買い物するたびこんなにモタモタしているわけでは決してなく、食料品や服やバッグや靴や化粧品を買うのは物凄く早い。
歴代の車を買う時だって現物を見て2分後には「コレください」だったし、対面販売で買う物は店員に「へ?」と驚かれるほどの早さで決める。
なのにこの日は、4時間半かかってもまだ80円のマスクしか決めていないのである。
どうした、俺!

このあたりで腹がぐーぐー鳴り始めたがぐっと我慢し、3度目の正直でGLボンドコーナーへ行く。
が、肝心のGLボンドは品切れらしく、在庫を確認して貰ったついでに店員に石膏ボードについて訊いてみるも、長期間立てかけておくとボードが反ってしまうから張れる段になってから買ったほうが良いと言われ、石膏ボードを買うのはアッサリ中止とした。
そうなると、残る買い物は腰袋ただひとつ。
だけど、ここから先が長かった。



ナイロンとかポリエステル製の腰袋が気に入らないのである。



合成繊維の腰袋はバラエティに富んでいて、オシャレなのもカワイイのもたくさんあったし、値段も比較的安い。
でも、あたしが欲しいのはオシャレなのでもカワイイのでもないようで、「素人が気まぐれに欲しくなってんだから安いのでいいじゃん」という思いと、「気に入ったのじゃないと使わない可能性大じゃね?」という思いが行ったり来たりして、ちっともさっぱり決められない。

そういえばあたしはもう何年も、自分が本当に欲しいものは何なのか?を突き詰めて考えてこなかった。
これが電化製品なら機能重視で選ぶこともできるのだが、デザイン重視となると、自分の好みがよく判らない。
が、ナイロン製とかポリエステル製のじゃないことだけは判っている。



結局、レジに向かったあたしが手にしていたのは、80円のマスクのみ。
レシートによると、あたしが80円を払ったのは18時27分だった。



8時間27分かけて80円の買い物しか出来ないってオカシくね?
(オカシイよ)



さしたる充実感もない・・・・どころか空腹でヘロヘロになって店を出ると、移動販売のドーナツ屋さんからいい匂いがしてきた。
当然のごとくフラフラとドーナツ屋に向かう。
ちなみに。
全くもってどうでもいい話だが、甘いモン全般食わないので、あたしがドーナツを食べたいと思うことは滅多にない。
具体的には、



3年に1度、ドーナツをひとつ食べるか食べないか、くらい。



だから多分、精神か肉体か、もしくはその両方かが疲れていたのだと思う。



1パックください・・・・」 ←雰囲気で
「はーい。1パックに6個入ってで500円でーす」

「6個なんて食べらんねえよ」と思いながらも言われるがままに500円を払い品物が入った袋を受け取ると、お店の人は、「もう店じまいの時間だからオマケ入れといたよ」と言った。
「6個でも多いんだよう」と思わないこともなかったが、食おうが食うまいが「オマケ」ってのはやっぱり嬉しい。
だから、最後の元気を振り絞って「ありがとうございます!」と言い、駐車場に停めた車に乗り込んだ。
すると、「オマケ」という言葉の効果か、少し元気が出てきたようで、腰袋を探しに他の店にも行ってみようという気になった。



真っ先に思い浮かんだのは、家から徒歩3分くらいのところにある、15年前から潰れそうだと睨んでるのに未だ潰れていない作業着屋さんである。
店に客が出入りしているところはただの一度も見たことがないが、それでも潰れないってことは別な方法で販売して利益を上げてるっていうことか。

少し躊躇しながら店に入ると、来客を知らせるピンポーンが鳴り、暫くすると奥から、細身で背の高いおじいさんがマスクをして出てきた。
マスクで顔は見えないが、優しく微笑んだ目元から察するに70代半ばくらいだろうか。
いつかどこかで見たことがあるような気がする目だったが、やんちゃなおじいさん(確定)は「いらっしゃい」と言ってあたしを見ても特に変わった様子はなく、でも、「何を探してるの?」と、まるで子供に訊くような優しい口調で言った。

「腰袋が欲しいんですけど」
「小さいのかぃ?中くらいのかぃ?大きいのかぃ?」
「ちゅ、ちゅうくらいの」

「若い子にはこういうのが売れてるよ」と言ってやんちゃなおじいさんが出してきたのは、ホームセンターで見たようなポリエステルキャンバス地のイマドキなものだった。
が。
あたしは若い子ではないのでそれには心ときめかないわけで。

「なんていうのか判んないんですけど、帆布みたいな素材のはありますか?」
「あれ?綿のほうがいいの?」
「はい」
「お仕事で使うのかな?お嬢さん



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





最後になんと?





ちょ、ちょっとよく聞こえなかったんでもう1回言って貰えますか?



・・・・とあたしが言うまでもなく、おじいさんはそれからずっとあたしを「お嬢さん」と呼び続けた。
が。
商品を出しながら説明をしているうちにおじいさんの声のトーンは軽くなり、あたしが2つに絞込みどっちにしようか迷っている頃には、「お嬢ちゃん」と呼んでいた。
そして代金を払う段になるとおじいさんは、ウィンクでもしそうな表情で、恐るべき言葉を口にした。





「 5 0 0 円 で い い よ 、 お チ ビ ち ゃ ん 」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
えーっと。
今、「何かの見間違いか!?」と思ったそこのあなた。
奇遇ですね。



あたしもね、聞き間違いだと思いましたよ。



過去に付き合ったどの男からも苗字を呼び捨てされていたこのあたしが(実話)初対面の男性から「おチビちゃん」と呼ばれてしまっては「焦るな」というほうが無理な話だが、選んだ腰袋にその6倍くらいの値札がついてるのを見つけて我に返った。
が。
おじいさんは500円と言ってきかない。
申し訳なく思いながらも500円を出すと、おじいさんは「はい確かに」と言ってそれをポケットに入れた。
が、その指にあるリングにあたしの目は釘付けになった。
この指輪、確かに見覚えがある!

あたしの視線に気づいたおじいさんはふふっと笑い、「気付いた?」と言うと、ゆっくりマスクを取った。
そこに現れたのは。



去年の夏、あたしから2日連続で役満をあがったクソジジイ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





今 の 5 0 0 円 返 せ 。
(江戸の仇を長崎で討つ女。もちろん仇討ち失敗)






(ン万円で買った感覚)


(仇イチ押しの龍)



結局、帰宅したのは19時半。
9時間半も近所をウロついて買ったのが、80円のマスクと(●万)500円の腰袋ってのもどうかと思うが、何しろこの日1日何も食べていないわけで。
ただ、ある程度の苛立ちは人を元気にもする。
だからしょーもない自己分析は後にしてまずはコーヒーをいれ、買ってきたドーナツを食べることにした。
6個も食べないけど。
が。
ドーナツが入っている袋を開けてみて、最後の元気も消えてなくなった。








(おからドーナツ。が、油で揚げたドーナツにローカロリーやヘルシーは求めね)




(パックの数が違うし、ドーナツは桁まで違う)






多 い 。





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