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片付けられない女魂     Amazon
(扶桑社 / 全503頁 / 書き下ろしアリ)



この季節になるといつも、随分昔に別れた男のことを思い出してしまう。
その男と交わした会話まで鮮明に思い出してしまう。



あたしが長く家を留守にすることになったんだか何だか理由はすっかり忘れたが、1ヶ月ばかり男に自堕落番長(ウチの猫)を預けたことがある。
根っからの猫好きだった男は喜んで、毎日あたしに電話で自堕落番長の様子を教えてくれていたのだが、ある日のこと、あたしが電話に出ると男は少し浮かない声で話し出した。

「あのさ、トラ(仮名)って2本足で歩くことある?」
「エサか草かボールで釣ればやるよ」
「ああそうか。でも何かで釣らなきゃやらないよねえ・・・・?」
「うん。どして?」
「昨日までは、たまたまだと思ってたんだけど」
「うん」
「今日で3回目だからさあ」
「うん」
「あのね、今日俺が風呂につかってたらトラ(仮名)がきて、最初は洗い場に座ってたんだけど、そのうち立ち上がってバスタブのふちに前足かけたんだよ。でもまあ、それはいつもやるでしょう?」
「そうだね」
「で、バスタブにはったお湯を飲もうとしたから、トラ(仮名)の顔の前に手を出して飲ませないようにしたのさ」
「うん」
「そしたらトラ(仮名)も諦めたらしく、風呂場から出てったんだけど」
「うん」
「バスタブからドアのとこまで後ろ足だけで歩いたんだよ」
「へ?」
「いやいやいや、ほんの短い距離だよ?犬みたいに後ろ足だけでずっといたわけじゃない。でも、バスタブのふちにひっかけてた前足をはずしてすぐ4本足で歩いたんじゃなく、2本足のままゆっくりドアのほうを振り返って」
「うんうん」
「ドアのとこまでテテテテって。5、6歩・・・・いや、7、8歩くらいかなあ」
「へー!!!!!!」
「見たことないよねえ、そんなトラ(仮名)」
「ないないないー」
「だよねえ」
「うん!」
「まっ、俺も見たことないけど
「・・・・・・・・・・へ?」
「さて、ここで問題です」
「はい?」



「 今 日 は 何 月 何 日 で し ょ ー か 」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!
(気がついた)





微妙な嘘ついてんじゃねーよ。



そう。
コイツはエイプリルフールにかなり微妙な嘘をつく男だった。
「最近2本足で歩くようになって、とうとうトイレでも立って用を足すようになった」とかいう嘘ならこっちもすぐに気づくだろうし、自堕落番長の話じゃなかったとしても、たとえばこの人みたいに宇宙規模に壮大なのをブっぱなしてくれれば思いっきりツッコむなり放置プレイするなりできるのだが(無論後者を選択する俺)、この男のつく嘘はいつもギリギリで、だからあたしは翌年も騙された。

翌年の4月1日、男は帰省中だった。
男の実家はたくさんの白鳥が渡来することで名の知れた土地にあり、そしてそれは、ひと冬をそこで過ごした渡り鳥が北に旅立つ時期でもあった。
何の用があったのかは全く憶えちゃいないのだが、「声が聞きたかったの」みたいな理由以外であたしが電話をすると、男は明らかに周囲を憚るような声で出た。
タイミングが悪かったのかと思い「後にしようか?」と言ったのだが、男は「大丈夫」とは言いながら、でも相変わらず声を潜めたままだった。

「後でもいいんだよ」
「いや、ほんと大丈夫。ガラス屋さんきてるけど母親が対応してるから」
「ガラス屋さん?どした?」
「あれ。ニュース見なかったの?」
「へ?」
「なんだ。それで電話してきたんじゃないのか」
「なになに!?」
「今朝、うちの2階の部屋の窓に白鳥の群れがぶつかったんだよ」
「へ?」
「NHKのローカルニュースでやってたんだけど見なかった?」
「見てない見てないー」
「ウチ、去年2階を改築して窓がデカくなったでしょう」
「うん」
「それが仇になったのか、昨日の夕方、北に帰る白鳥の群れの、まあほんの何羽だとは思うんだけど、窓にぶつかったっぽいんだよね」
「割れたの?」
「うん。あのデカいガラス、結構高かったんだよー。でも役所の人に聞いたら修理費は自腹だってさ」
「大変だあ」
「・・・・こっちの心配してるけど、お前はそんなんで大丈夫なわけ?」
「え?何が?」



「だって、毎年毎年まんまと騙されてんじゃん」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!
(気がついた)





毎年毎年、お前が微妙な嘘つくからじゃ、ぼけ。



エイプリルフールに乗っかって「当時はまだあたしも初々しかったのよ」なんつう大嘘を書きたいわけでは全くない。
あたしは当時すでに、10歳以上年上のその男からそれはもうシツコイくらい、「俺よりずっとオヤジくさい」と言われていたし、エイプリルフールに騙されたのは後にも先にもこの2回だけ。
だから、あたしにとって大昔のこの出来事が、エイプリルフールに纏わる数少ない思い出だ。



さて、今朝のこと。
いつも通りの時間に起きて部屋のドアを開けると、既に夏目父は出かけたあとだったようで、玄関マットの上にスリッパが揃えて置いてあった。
「夕べ、早く行くなんて言ってなかったけどなあ」と思いスリッパを眺めていると、まるであたしが起きるのを待っていたかのようなタイミングで、部屋のケータイが鳴った。
夏目父からのメールだった。



タイトル:おはよう。

玄関にあった缶、捨てておきました。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



あ り え ん 。
(きっぱり)




確かに、今日の朝捨てるため、昨夜のうちにビン・缶・ペットボトルを玄関に置いてはいたけれど、




(昨夜撮影。WBCを見ながら親子で呑みまくった氷結)



夏目父は、「親の遺言か?」っつうくらい頑なに、ゴミを捨てに行かない人である。
目の前にゴミ袋があっても、跨いで出かける人である。
どんなに気が向いたところで絶対に捨ててくれるわけがない。
が、すぐに今日がエイプリルフールだと気づき、多分これが夏目父のネタなんだろうと思うに至った。
ところが、だ。
そのメールに返信もせず再び部屋から出て改めて玄関を見てみると、前夜置いたハズの場所から缶がなくなっていたのだった。
ただ、悲しいかな、缶がないからといって即、「ほんとに捨ててくれたんだ!」と思えないのが夏目家なわけで、過去の忌まわしい事件を思い出したあたしは、一目散に風呂場へと向かった。
しかし、意外なことにそこにも缶はなかったのである。

「ホントに捨ててくれたってことか?いや、どーーーー考えてもあり得ねえんだけどなあ」などと、なんだかモヤモヤしながら4畳半の部屋に行き、ベランダに出て朝の一服。
今にも降り出しそうな空を見上げながらタバコを吸っているとようやく、エイプリルフールである今日が夏目父方の祖父、つまり夏目父の父親の命日であることを思い出したのだった。



あたしの祖父は、夏目父がまともに思えるくらい超フリーダムな人で、エイプリルフールに逝ったのがしっくりくるほど面白いことが大好きな人だった。
夏目父も人の子である。
4月1日という判りやすい親の命日を忘れているハズはなく、実際、いつも夏目父は端折ってしまっているというのに今朝の我が家にはお線香の香りが漂っていた。
そうか・・・・。
じいちゃんの命日だから、普段やらないようなことをやってみたくなったんだな・・・・。



少ししんみりしてタバコを吸い終え、4畳半から出ようとした。
するとその時、あたしひとりしか居ないハズなのに、ドアの向こうにかすかな人の気配を感じたのだった。
瞬時に思ったのは、「もしかすると、イレギュラーに早く出かけたらしい夏目父が玄関の鍵をかけ忘れたのかもしれない!」ということだったが、だからといって4畳半に篭っているわけにもいかず、恐る恐るドアを開けて玄関を覗いてみた。
するとそこには、ほんの数分前に探していたブツがあった。









(なんで?)


(さっきはなかったのになんで?)



狐につままれたような気分になり、暫し呆然と缶を眺めているとまた、部屋でケータイが鳴った。
呆然としたままケータイを取りに行き、受信したての夏目父からのメールを開封した。
で、脱力した。





タイトル:ウシシ!

だまされたね!
玄関にスリッパを置いて、ゴミを持って部屋に隠れていたのでした
今日はエイプリルフールですよ~
じいちゃんの命日なのでじいちゃんが喜びそうなことをしてみました






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



じいちゃんよりお前のほうが喜んでんだろ?そうだろ?





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