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BOOK INFOMATION

単行本 『 片付けられない女魂 』 は、Amazonマーケットプレイスで購入できます。
片付けられない女魂     Amazon
(扶桑社 / 全503頁 / 書き下ろしアリ)



4畳半のヤニ掃除を始めたはいいが、外から聞こえる猫の声に気を取られ、やる気が数分しか持続しないという日が続いた。
成猫の声ならまだ我慢もできるが、子猫の声が聞こえるともう堪らず、捕獲したい衝動に駆られ掃除どころじゃない。
とはいえ、声の主が野良とは限らない。
たとえ野良だったとしても、ヤニ掃除を始めた5月は毎日帰宅が翌日になっていた時期でもあり、子猫をかっさらってきたところで大した世話が出来るハズもなかった。
で、試しに、外の音を遮断するために窓を閉めきってみたのだが、ヤニ臭と洗剤臭が充満する超不健康そうな部屋が出来上がっただけで、しかも、暑い。
次に考えたのは耳栓だったが、掃除好きでもないあたしが、心逸る音もそうでない音も一切遮って挑んだところで、全然ちっとも楽しくないわけで。
そんな修行みたいな方法じゃなく、もっと楽しく、それでいてやる気を削がない術はないものかと考えた結果、わりとまともだと思ったのが、iPodで音楽を聴きながらの掃除である。

通勤時間が短いとか諸々の理由で、車の中でしかiPodで音楽を聴くことがないのだが、そういえば、カーオーディオに繋げているnano以外にも遊休iPodがあったハズ。
古い6GBのヤツだけど、使えるハズだよなあ、アレ。




(ピンクな理由は裏返すと判る)




リボン猫+限定なので即買いするも、勿体なくて使えず今に至る)



が、好きな曲が詰め込まれたこれを聴きながら自分がノリノリで掃除する姿を想像してすぐ、iPod案は却下した。
何故なら、好きな曲を大音量で聴いていると、深夜だということも忘れ、窓を開け放った部屋でうっかり、大声で歌ってしまいそうだからである。
つまり。



近隣住民に迷惑をかけそうだからである。



・・・・で。
考えに考えて買ったのが、前回モザイク付きで載せたこれ。






モザイクを外すと、こんなモンが現れる。








やる気が出ない類のことをやらなくてはいけない時はPCかコンポでラジオを聴きながら、ということが多い。
一切の音をシャットアウトして集中するのは癪に障るし(鬼娘)、かといって好きな曲を聴けば、歌詞のワンフレーズにうっかり心を奪われてともすれば泣けてきたりするし(痛いヤツです)、だから自分に選曲する余地のないラジオが丁度いいのだ。
が、ポータブルラジオは持ってないし、もしそれを買ったとしても、4畳半での作業が終わったら用なしになるわけで。
「今後も使えるもの」で、利便性や費用対効果を考えた末に決めたのがコレだった。






「いくら気乗りしないからって、こんな仰々しいモン買わんでも」と言う人は大勢いるのだろうが、あたしの場合、誰のせいでもなく自分のせいで朽ちる寸前まで汚してしまった部屋を掃除するということは、こんなモンで気を紛らわせながらでないとやれないくらい気が滅入る作業だったから、結果的には、これでラジオや日テレNEWS24を聴きながらでないと続けられなかった気がしている。
何しろ4畳半は、カメラで写す以上に汚いのだ。
サッシ部分をひと撫ですれば、雑巾はこんなになるし、






窓ガラスに洗剤を吹き付ければ、カラメルカラーの液体が流れ落ちる。




(いや、ヤニカラー)




(こんなモンが垂れるのだから、脳内施工計画変更して正解)



しかも、サッシ周りの木製箇所だけでなく、アルミサッシにこびりついたヤニも、3、4回拭いたくらいじゃ完全に汚れは落ちてくれなくて、ハエ取り紙か?くらい汚れた部分をツルンと綺麗にするには随分時間がかかった。




(Before)




(After)



他、綺麗になりそうなのになかなかスッキリしなかったのが、窓に貼ってある「消防隊進入口」と書かれたステッカーで、あまりにメンドウなのでいっそのこと、ステッカーを剥がしてしまおうかと思ったくらいである。(建築基準法に抵触するので剥がしっぱなしにしてはいけません)




(Before)




(After. ではあるが、入ってこられちゃ困る)


(貼り替える手もあったのか・・・・)



兎にも角にも。
ワイヤレスヘッドホンを買ってからというもの、どれだけ酷い汚れを見ても大きくはへこたれず(小さくはへこたれた)、戦闘時間もウルトラマンのカラータイマーを軽く越えられる(3分1秒以上なら越えた認定)ようになった。
そして。
その勢いでようやく、先延ばしにしていた物の撤去に取り掛かったのだった。









つうわけで。




腕 力 自 慢 話 に 続 く 。





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 どどーんと落ちましたなあ。


近頃しばしば、「歳を重ねれば重ねるほど、苦手なことをせずに済むようになるのだなあ」と思わざるを得ない場面に出くわす。
「せずに済む」といってもいろいろある。
頑張って苦手を克服したり、長年嫌々やるうちに慣れて苦手意識がなくなったり、苦手だからと避けているうちに他の人がやってくれるようになったりするならいいのだろうけど、あたしのように、避けたところで誰もやってくれないけどまあいいかと思うようになるのは、全然良いことではない。
しかも、片付けや掃除というのは、「やらなくてもいいこと」では決してないわけで、そういうことに意欲が湧かないのは考えものだ。



さて、話は5月に遡る。
遡り過ぎというか書かなさ過ぎだけども、それは気にせず遡る。
4畳半のリフォームをする前に掃除をすることに決めてからは、雑巾とバケツを持って4畳半に籠もる毎日が始まった。
連日帰宅が遅かったこともあり、タバコを吸うために4畳半に行くついでに掃除をすることに。
つまり。



ヤニ吸うついでにヤニ掃除。



タバコはベランダに出て吸っているから室内のヤニが増えることはないのだけれど、なんだか物凄くアホなことをやっている気がしてならない。
それと。
目の前に拭きやすそうな汚いものがあるのに、それが拭かなくていいところだっていうのが何とも歯がゆい。




(壁紙は剥がすので拭くだけ無駄)



かといって、やがて剥がす壁紙を拭く気はサラサラないので、まずはヤニ被害の少ないドア側から、壁紙以外を拭くことにした。




(被害が少ないとはいえ、真っ白に見える箇所を撫でると)




(やっぱりヤニ)



ドア付近で最も汚かったのが、蝶番側。




(画像右側に注目)



隙間を通り抜けようとした土埃と埃とヤニが混じり、不気味ワールドを創造している。






が、ここみたいに、洗剤をつけた雑巾で拭いて真っ白になる箇所はまだいい。






厄介だったのはベランダ側のサッシ周りである。
その中でも特に目立つのが、使いもしないのに長年くっついていたカーテンレールを撤去した箇所。




(あらひどい)



どれだけゴシゴシ拭こうとも、どうしても真っ白にはならないのである。




(ぼんやりヤニカラー。ぼんやりカーテンレール痕)



長年燻しまくり長年放置していたんだもの、多少なりとも汚れが残るのは当たり前っちゃあ当たり前なのだが、ドア側を拭いてスッキリ感を味わってしまったせいで、この中途半端な汚れの落ち方が、どうにもこうにも面白くない。
つうか。



やる気が萎える。
(早い)



加えて、暑くなりつつある季節、音の鳴るものが何もない部屋で常に窓を開けて、集中力なく掃除してるもんだから、






外から聞こえる音が気になって仕方ない。
具体的には、



どこからか聞こえてくる子猫の鳴き声が気になって仕方ない。



小さく聞こえる「みゃー」という声に耳を澄まして拭く手を止め、ベランダに出て暗闇に目を凝らし、声の主を見つけられずに部屋に戻って拭き掃除を再開するも、今度は親猫らしき「にゃー」という声に反応し、足音を忍ばせてベランダに出てじっと下を見る。
どれだけ目を凝らしたところで、マンションの4階から、真っ暗な地面のどこかにいるであろう猫の姿を見つけられるハズもないのに、だ。
あげく、拭き掃除をしている時間より、暗闇を見てアレコレ考えをめぐらす時間の方が長くなる。

あ。
このあいだ、マンションの駐車場で見かけたキジトラが親か?
それとも、我が家の自堕落番長が一目ぼれしそうなあの茶トラ?
いや、そういえばこのあいだ、向かいの家の庭を横切る、真っ白いのも見たな。
あれ、メスっぽかったよな。
あの真っ白いのなら、暗闇にいても見えそうじゃね?
子猫、何匹いるんだろ。
つうか野良?それとも、どこかの家の飼い猫?

・・・・という具合に。
つまり。



猫の一声であっさり切れる程、掃除に対する集中力がない。



窓を閉めてやることも考えたが、徐々に気温が高くなっている時期でもあった。
あたしには、閉め切った部屋で、夜中に汗だくでヤニ掃除するほどの情熱もなけりゃ、部屋に充満するヤニ臭+洗剤臭を我慢できるほどの根性もない。
なのに、面白くもなんともない掃除をとっとと終わらせて次の工程に取り掛かりたい気持ちだけは強いもんだから、自ずと、集中力のない自分に苛々してくる。
そんな、無駄にイラつく夜が、冗談ではなく本当に10日以上続いた。
が、いよいよ4畳半に入る用事のメインが「暗闇見物」になった頃、あたしは、面白くないこと(=掃除)に比較的集中できるあたしなりの方法を思いついた。



で、早速。
それを実践するのに必要な、でも、掃除には全く関係のないブツを購入。




(1万円ちょいの何か)



結論から言えば、このブツによって4畳半の掃除が格段に捗ることになったのである。





(まだまだ続きます)





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 20日ぶりなのにこのポチ数!ありがとうございます!!!


(4畳半ヤニ掃除記事の途中ですが、割り込んで草の話です)



暑さに滅法弱い夏目父が南側のベランダで植物を育てるのに、この冷夏は都合が良かった。
朝晩せっせとベランダに出て、(ヤカンがないのでバケツで)水や肥料を遣ったり、アブラムシ対策にとオルトランを過剰に撒いたりしている。

(だから食える物は育てない)

これがもし猛暑だったら、暑さに勝とうとする意欲がない夏目父はいつも通り、野菜室並みに冷やした屋内に篭り、ベランダの鉢植えを片っ端から枯らしていただろう。
が、あたしにとっては枯れてしまったほうが面倒がない。
なぜなら、草花が順調に育った年の夏目父は、「見て!花芽が出た!」「見て見て!花が咲いた!」「肥料買ってきて」「植え替えしたいんだけど、鉢底に敷く網、どこにやったっけ?」「種か虫かわかんないから触れない!」「ぎゃー!アブラムシ!」と、とにかくやかましいからだ。
この夏の夏目父はいつも以上に騒々しい。
原因は、枯れたと思っていた植物が復活したせいである。



15年は前からあるのに一度も花が咲いたことがなかったから、あたしにとってそれはただの観葉植物だった。
夏目父が大事にするあまり室内に置いてしまうせいで花芽がつかない、という可哀想な境遇で育てられたせいか、葉の色も薄く厚みもなくてひ弱な観葉植物ではあったが、それでもなんとか生き続けていた。
が、今年の2月初旬、突然葉が枯れ始め、みるみるうちにそれは蔓だけになってしまったのだった。
ひょろひょろ伸びた蔓だけが残った鉢は寒々しく、「残念だったね」とか何とか言いながらその鉢をベランダに出したのが3月のこと。
そして、見紛う事なき枯れ木だったそれが芽吹き始めたのはGW直前だった。



それを喜んでいるだけなら問題はないのだが、夏目父は草花に限って、「見て!見て!」とウルサイ。
しかも。



「復活しそうなんだよ!」
「ほう」
「見てみてよ」
「いいよ」
「えー、見てみてよー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「見っ!てっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」



という具合に、幼児よりシツコイ。



あたしが頑として「見ない」と言ったところで夏目父の「見て見て」が止むことはないため、言われるがままに見に行くはめになる。



「芽が出た!見てみて!」
「はいよ」 ←てめぇひとりで楽しめや、と思っている

「芽が伸びた!」
「ほう」 ←昨日見たのと同じ芽だろーが、と思っている

「別のとこからまた芽が出た!」
「どれどれ」 ←葉っぱの数だけ呼ぶつもりかよ、と思っている

「花芽かもしれない!」
「いよいよか」 ←花がひとつしか咲きませんよーに、と願っている

「花芽だ!」
「やっぱり」 ←昨日と全然変化ねーし、と思っている

「花芽だ!」
「おう」 ←今朝見たばっかだけどなっ、と思っている

「蕾!蕾!」
「へー」 ←咲いてから呼べや、ごるぁ!と思っている



こうしてこの4ヶ月、あたしが泥酔していない限り1日1回、ともすれば2回、下手すると3回は呼ばれて、1つの植物の成長を見せられた。(多い)

気温が低いだけじゃなく、どんより曇ることが多かった我が街では日照不足が深刻らしいが、遮るものが何もない南側のベランダでは、マメに手入れしたこともあって花がジャンジャン咲いていた。
そしてとうとう件の花が咲き始めたのは7月中旬、具体的には7月14日のことだった。










源平蔓(ゲンペイカズラ)というらしい。
綺麗だし、あんま見たことがない花ではあるけれど、4ヶ月もわーわー騒ぐほどのことか?というのが、あたしの正直な感想だ。
つうかそもそも。



「白と赤の花が咲く蔓(ツル)草だから「源平蔓」」
「へ?」
「え。もしかしてうちの娘は「源平合戦」も知らないとか・・・・?」
「昔話?」
「それは、猿カニ合戦」
「ああ・・・・」
「じゃあなんで、運動会で赤組と白組に分かれると思ってたのさ」
「め、めでたいから」
「・・・・おめでたいのはお前だよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さて、それでは問題です。源氏と平氏、どっちが赤でどっちが白でしょうか」
「へ?」
「正解する確率は50%です」
「じゃあ、源氏が赤」
「・・・・勘まで悪いな。気を取りなおして2問目!」
「もういいです」
(無視して)「源氏は白、平氏は赤が正解ですが、その白と赤は、何の色でしょうか」
「は?」
「大ヒントです。源氏は白の、平氏は赤の何かを持っていました。それは何!」
「判りません」
「考えて!」
「うーーーーーん」
「あと10秒!9、8、7・・・・」
「あっ・・・・」
「おお!さあ、答えをどぉぞっ!」





「 ふ ん ど し ? 」
(註:真剣です。が、正解は「旗」)





つうくらい歴史音痴のアホ娘を相手に、名前の由来から語ったところで何が楽しいんだ。
あたしに名誉というものがあるのかは甚だ疑問だが、あるという前提で一言加えると。
あたしは歴史だけじゃなく社会科全般と国語全般にアホだが、でもそれは大昔からなので、いい加減、「そんなことも知らないなんてありえねー」的ことを親に言われるのは飽きた。
ついでに。
上司や同僚にもこの手の問題を出されることがあるが、どうせ9割9分ハズレるのだから、もうそろそろ、哀れんだ目で見るのはやめてほしい。



さて。
こんな具合に、冷夏&一鉢の花で夏目父は毎日テンションMAXなのだが、この夏の日照不足はあたしにとっては深刻な悩みだ。
というのも。
4畳半の部屋から繋がる小さいベランダで種から育てている日々草の生育状態がすこぶる悪いからだ。



まあ、別に日々草が咲かなかったところで大したダメージはないから、「深刻な悩み」というのは大げさだが、「こっちのベランダで俺が育ててるのはガンガン咲いてるけどお前のはどうよ?」と、上から目線で頻繁に訊いてくる夏目父が鬱陶しくて仕方ない。(鬼娘)

(註:我が家では、リビングを含む南向きの部屋は全て夏目父が使い、北側にある2つの部屋(4畳半&8畳)をあたしが使っている)

あたしが北側のベランダに出るのはタバコを吸うためなのだが、その直後にリビングに行くと当然あたしからはタバコの臭いがする。
すると夏目父は必ず訊くのだ。
「日々草、咲いた?」と。




(左:蒔いた種から発芽。右:ヅラ店長からの頂き物)



「咲いてるよ」
「ヅラ店長じゃないほうだよ」




(これだって源平カラー。なのに名前は「ヅラ店長」)



「咲いてない」
「お盆も過ぎたのにね」
「うん」

で、この会話の最後に必ず言うのだ。



「 南 軍 の 勝 ち だ な 」 と 。
(南側使用の夏目父=南軍、北側使用のあたし=北軍)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
つーか競ってねーし。
・・・・と言いたいのは山々だが、それを言ったところで、「じゃあこれから競おう」と言い始めるに決まっているから、何度聞いたか判らないその言葉には一度も反応せずにいる。
で、数日前。
いつものように北側のベランダでタバコを吸いながら日々草を眺めていて気がついた。




(花芽キター!)



それからの数日は、ヅラ店長の日々草のようにわっさわっさと花が咲く様を思い描き、ワクワクしながら成長を見続けた。
が、先日。
ようやく開いた花を見て、なんとも複雑な心境になった。




(小さ)




(1個ぽっち)



もちろんその日も夏目父は訊いてきた。

「そろそろ咲いた?」

少し迷ったが、答えた。

「うん。1個だけポツっと」
「おお!じゃあ見てあげましょう見てあげましょう」

・・・・「見て」なんて頼んじゃいねえんだが。

夏目父はパタパタと4畳半へ行き、すぐリビングへ戻ってきた。
そして言った。

「ちっちゃいね」
「うん」
「でも咲いてよかったね」
「まあね」
「絶対咲いてよかったよ!!!!!」

それにしても夏目父は、話が草花のことになると、どうしてこうも暑苦しいのだろう。
が、ふと、いつもの暑苦しさとは質が違うような気がして、先を促した。

「随分力説するね」
「だって!」
「はあ」





「華がない人生なのに、育てた花まで咲かないなんて可哀想だもん」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





その、「今俺すげー上手い事言った!」みたいな顔、やめれ。





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 2週間空いたのに!びっくりしております。


会社勤めを始めてすぐの頃に、上司だったか先輩だったか新人研修の講師だったかに言われた、「次工程を意識して仕事をしろ」という言葉を未だに覚えている。
誰に言われたか覚えてないくらいだから、どんなシチュエーションだったかもさっぱり思い出せないのだが、誰かが言ったこの言葉はその後、あたしが配属された部署の仕事訓となった。
この言葉が意図するのは、たとえば書類の整理ひとつとっても、「自分は常に指サックをしているから少々バラついてても全然平気」という考えではなく、自分以外の誰かが見るであろうことを意識して、誰もがページを捲りやすいように、目的の書類を見つけやすいようにということを考えてファイリングする、みたいな、とても普通で簡単なことだった。

(実際は指サックではなく、こっちのヘビーユーザーだった)

まあ最近は、雑にファイリングし、「捲りづらいなあ」と言う人には得意げに「指サックすればいいんスよ」と指南して「イイ事知ってる俺サイコー!」みたいな顔をする人が居そうだが、当時いた会社でそんな勘違いっぷりを披露したもんなら先輩に、「なんであたしがアンタのルールに従わないといけないわけ?」と凄まれた。
怖くて厳しくて優しい人だったよなあ、若月さん。(遠い遠い目)
懐かしいなあ、若月さん。
・・・・って、まあ、



ほ ん の 3 年 前 の こ と だ け ど 。
(註:激しく歳をサバよむ俺。アラフォー、独身、彼氏なし)



ちなみに当時、「「次工程を意識して」って言われても、ついこのあいだ入社したばかりの私達は次工程でどうなるか知らないので意識しようがありません」と言ってのけた同期の女子がいた。
一見正論のように聞こえないでもないが、少し考えれば判る。
次工程が何なのかを知らないのなら、訊いて教わればいいだけだと判る。
そして、こんな青臭いことを言われた若月さんは彼女を真っ直ぐ見据えて放った言葉が凄い。



「 え?そんな屁理屈が通用する世界ってあるの?どこに? 」



まだ社会に揉まれていなかったあたしには大層ショッキングな出来事で、しかも、キツネ顔の美人・若月さんが堂々と言う嫌味は迫力満点で、痛快だった。



それから2年半、あたしは若月さんの下で、日に30回は叱られ(多い)週に10回は怒鳴られながら(多い)仕事をした。
若月さんは、自分が培った技術や知識やノウハウの全てを出し惜しみせず、物覚えの悪いあたしに根気強く教えてくれた。
あのやたら濃い2年半がなければあたしは未だに十人並みの仕事すらできない社会人だったハズだ。
とはいえ若月さんは、決して完璧な人ではなかった。
気分屋で、時には感情的にもなるし、正義感と責任感が強すぎるが故に融通が利かない。
社内に周知した締めの時間を1分でも過ぎれば、たとえ営業部長が「頼むよ」と言いながら持ってきた書類だろうと突き返すから、彼女を煙たがっている人は多かった。
だから、若月さんが寿退社することになると、あたしがイビられ続けていたと思い込んでいた人たちは口々に「これからは伸び伸び仕事が出来るね」という意味のことを言った。
でもあたしは、「若月さんの凄いところを何にも知らないくせに!」と猛烈に腹が立った。

2年半の間、どれだけ叱られても蹴られても(実話)泣きたくなることなんてなかったのに、送別会では若月さんの顔を見るたびに涙がジワーっと出てきた。
そんなダメな後輩を若月さんはギュっとして、言った。



「仕事中に泣いてたらブン殴ってたよ」



そう言われてどうしてかあたしは大泣きした。



なぜこんな昔話(3年前だけど!)を書いているのかというと。
片付けを始めてから暫くのあいだ、自分の手際や段取りの悪さを嫌というほど思い知るたび必ずあたしは、若月さんのことを思い出していたからだ。
1年くらい前からその頻度はだいぶ低くなっていたのだが、4畳半の傷んだ壁を剥がし、新しい石膏ボードを張る段になってからまた、強烈に若月さんを思い出すこととなった。



(以下は、丸3ヶ月以上前の記事の続きですが、
実際の4畳半セルフリフォームは記事より随分進展しています)







(経緯は、カテゴリ < セルフリノベーション > をご覧ください)



さて、4畳半の壁に石膏ボードを張る段である。
当初の脳内施工計画では、(まずベッドを撤去して)ここに石膏ボードを張ってからヤニまみれの壁紙と絨毯を剥がし、新たな壁紙と床材を張ろうとしていた。
ただ、頭のどこかにずっと、得体の知れない違和感みたいなものがあって、4畳半のベランダに出てタバコを吸うたびに、それの正体が何なのかをぼんやり考える日が続いていた。
一週間ほど経ち、どうやらその違和感が古い記憶と関係しているように思えてきたのだが、いつまで経っても答えに辿り着けない自分は、普段より更にアホ度が増してるようでイラっとした。
つーか、家に帰ってきた途端、頭の動きが呆れるほど鈍くなるのはなんでだ。

ああそういえば。
若月さんはこういう愚図をすごく嫌ってたよなあ。
「よくわかんないけどなーんか違う気がするんです」なんて呟こうものなら、「自分の頭が足りないからって、人の頭を借りようとするんじゃない」って叱れたもの。
若月さん、今は40代半ばになってるだろうけど、きっとあのまま要領よく家事をこなしてるんだろうなあ。
若月さんち、いつ遊びに行っても片付いてたし。
あ、そうだ。
若月さんと一緒に、会社の人の引越しの手伝いをしに行ったことあったな。
で、あたしの掃除の仕方があまりに酷くて、プライベートで初めて若月さんに叱られたんだった。
そうそう、思い出した思い出した。
壁紙にこびり付いたタバコのヤニを拭いてたときだ。
洗剤で浮き上がったヤニが指にべっとりついてたのを気がつかないまま、若月さんが洗った白い食器を掴んじゃって。
「余計な仕事を増やすな」って叱られたんだった。
懐かしー。
懐かしいなぁ・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





ん ? ち ょ っ と 待 て 。





壁を作って壁紙と床を張り替えて、それからヤニ掃除するのか?






(ヤニ+土埃)



そう、暫く頭の中にあった得体の知れない違和感はコレだった。
雨漏り痕のある石膏ボードを貼り替えることばかりに気を取られていたが、4畳半は全体が長年のタバコで燻されていて、壁紙や絨毯は剥がすからいいとしても、たとえばアルミサッシを見てみると、タバコの影響を受けていないところはアルミ色なのに、






影響を受けるところはことごとくヤニカラーになっている。




(サッシはもちろん)


(窓ガラスに貼られた▽シールも)


(窓から離れたところにある、収納の扉も)



そして、モロに煙が当たる箇所はすっかり、



ハエ取りリボンカラー。








(吊るしてみてぇ)



サッシはまだいいが、それがハマっている木枠は厄介だ。






石膏ボードを張り、壁紙を貼る前にここを掃除すると、せっかく張ったボードが引っ越しの時の白い皿みたいな事態になりかねない。
かといって、壁紙まで貼ってからここを掃除して、真新しい壁紙にヤニがついてしまってはもったいない。
そして何より、「諸々に気をつけながら慎重に木枠だけを拭く」などという、掃除に対する集中力があたしにあるわけがない。
・・・・と、ようやくここまで考えが行き着き、脳内施工計画を変更することにした。



壁 よ り 床 よ り 、 ま ず は ヤ ニ 掃 除 。



そうと決まればあとは実行あるのみ。
幸い、住居用洗剤なら一生分ある。




(「週末はヤニ掃除でもするか・・・・」と書いてから2年?・・・・2年!?)



というわけで、ようやく4畳半の掃除を始めたのが約3ヶ月前。
ケータイで撮った膨大な掃除写真は、「試しに」と、ブラインドに洗剤をスプレーしてみた画像から始まっている。




(うわっうわっうわっ)



この日からあたしは夜な夜な、若月さんにド突かれそうなやり方で掃除を続けることになったのだった。





(続く)





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 うおっ!!!ありがとうございますー!


思いつきやノリで買ったっきり使わないでいた物のほとんどを処分して以降、めっきり、服や雑貨を買わなくなったため、以前のように「気づいたら物が増えてる」ということがなくなった。
ただ、大量に捨てたそれらは、朝から晩まで嫌なことや辛いことをぐっと腹の底に押し込めて働いてようやく稼いだ金で買ったものだったからあたしは、使いこなせなかった大量の物を捨てるという行為で、自分のバカさ加減を思い知ることになった。
つまり、今あたしが安易に物を買わないのは、二度と再びバカな自分を目の当たりにしたくないから、に他ならない。

でも、だからって未だにヤカンも鍋もフライパンも買っていないのはどうかと思うし、いくら使い勝手のいい物だからって、まともに使えないくらいボロになってるものを使い続けるのもどうかと思う。
物を大切に!とか節約とかエコとか言ったところで、古くなるモンは古くなるのである。
が。
毎日せっせと使っている物に限って、ボロになっても気がつかないものだ。



さて。
前回同様、気持ちよく晴れたある朝のこと。






資源ごみの回収日だったため、新聞やダンボールや雑紙をまとめてマンション1階の集積所に持っていった。




(この程度の量なら、4階から1階まで、1回に運べると最近気づいた)



汗だくで4階まで戻り、「ちょっとそこまで」な用事のときにいつも履いている靴を脱ぎ、それがなんだかヨレヨレなのに気がついた。




(年齢的にもアウトじゃあるまいか)



娘の行く末を案じた親の制止を振り切り、休みになれば早朝から海に行っていた20代前半に買ったエスパドリーユは、改めて見てみるとすげー汚くて、当時は物凄く気に入って買った記憶があるのだけれど、今も気に入っているかというとそうでもない。
「ちょっとそこまで」の時にだけ履いていたけど、そんな靴ばっかあっても仕方ない。
夏の休日はもう、Sassariさえあればいいさ。




(本当に安易に物を買わなくなった人が、色違いで3足とか買わねえと思う)

(履き易さと歩き易さが、デザインに勝る)



こうしてひとつのボロに気づいてしまったせいか、その日は、普段何気なく使っていた物をしげしげ眺めるようになり、伝線はしてないけどもしもの時(×色っぽいシチュエーション、◎その他のシチュエーション)にどうなのよ?なストッキングや下着をじゃんじゃん捨て、卵を入れた納豆をとくのに丁度いい大きさだけど随分前から欠けてしまっている40年物の小どんぶりを捨てた。








(5個組の4個目。残りの1個よ、あと20年くらいがんばってくれ)



そんなちまちました片付けでも、エアコンのない部屋で動いていればうっすら汗はかくもので、休日のまだ午前中だったけれど風呂に入ることにした。
で、風呂場で、毎日毎日使っているボロを見つけた。






(雑巾ではありません)





風呂場じゃちゃんと写らないので、部屋に持ってきてみた。






(重ねて書きますが雑巾ではありません。ボディタオルです)



そういえば随分前から、身体を洗っている最中に爪がひっかかるわ爪がひっかかるわ爪がひっかかるわで、朝から軽くイラっとしていたんだった。(カルシウム摂れ)
このボディタオルはもちろん捨てた。
で、新しいのを買ってこなくちゃなあと考えていると急に、だいぶ前にどこかでボディタオルを見たような気がしてきた。
なんかね、ピンクのヤツ。






(懐かし画像。「呆れる程コスメバカ」より)






(ブログって便利)






(洗面台の下から再発掘)






(幸い、荒々しい洗い方をしても肌を傷めない柔らか素材)



あぶねーあぶねー。
在庫を使い切らないうちに新しいのを買ってしまうところだった。
発掘したはいいが、仕舞ってしまったが最後、二度と再び陽の目を見ないなんてことにならなくて本当に良かった。



新品ばかりに囲まれて暮らしたいわけでは全然ない。
でも、それしか無いならともかく、他に使える新品があるというのにずっとボロを使っていては、いつまで経っても物が減らない。
日常的に使っているとうっかりボロさを見過ごしてしまうけど(あたしだけか)、貰いもののタオルなんてのは、じゃんじゃん使ってしまおう。
・・・・なんてことを思ったり、雀荘に行ったり雀荘に行ったり悔しがったりしているうちに休日が終了した。



ところで、今あたしのいる部署は空前の打ち上げブームである。
これまでどんだけ辛かったのか、いや全然辛くも大変でもなかったのだが、やたら手のかかる仕事をひとつ終えたというだけで連日、「打ち上げ」という名の呑み会が開催されている。
ひとつの仕事が終わって思いっきり伸びをしたらすぐまた次の仕事があるわけで、いつまでも解放感に浸ってはいられないハズなのだが、上司と南国と山口とあたしの4人だけで、なんだか毎日呑んでいる。

そしてそれは、何回目かの打ち上げの席だった。
居酒屋の座敷で呑んだくれていると、どこかでケータイが鳴った。
それはどうやらあたしのらしかったが全く出る気がなく、でも、ケータイを入れたバッグを山口の背後に置いていたため、いつまでも後ろでブルっているのが気になって仕方ない山口が、出ろとウルサイ。

「酔って電話に出てどんな用が足せるっつうの」
「つうか、よく誰からの電話なのか気にならないね」
「うん、全く」

が、そう話している間にいったん切れたケータイがまたジージー鳴り出した。

「出なよー」
「あ、じゃあ電源切るから、取って」
「あ?」
「バッグの上のほうにケータイ見えるでしょ。取って」
「ああ」

そうして山口があたしのバッグを覗いた。
で。
うひゃうひゃと笑い始めた。

「なに」
「ありえねー!うひゃひゃひゃ」

笑い転げる山口を見て、上司と南国が食いついた。

「なんだ?何を見つけた?山口」
「夏目のバッグになんか面白いモンでも入ってたか?」

上司のその言葉を聞いて改めて自分のバッグの中身を思い返してみたが、ケータイ以外は、財布と化粧ポーチくらいしか入っていないハズだ。
山口が笑い転げている間にまたケータイのジージーは止み、でも何度もバッグを覗いては笑っている山口が気になって言ってみた。

「だからなに」
「ねえねえ夏目さん、ちょっとバッグの中身、出していい?」
「おう」

すると山口は、「腹いてー」とか言いながらバッグに手を・・・・いや、指を突っ込み、親指と人差し指だけである物を摘み上げた。











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
な、な、何のことはない、キーホルダーである。
酔っていたからではなく、素で、山口がこれのどこに笑っているのか判らなくて、暫く黙った。
が、これを見た上司も南国も、ウルサイくらい笑っている。

「え。なに。キティだから笑ってんの?」

素で訊いた。
すると、てんでバラバラの方を見て笑い転げていた3人が一斉に真顔であたしを見た。
そして、見事に声を合わせて言った。






「 き っ た ね ぇ か ら 笑 っ て ん の っ 」









前出のエスパドリーユより汚い物が不得手な方は
静かにブラウザを閉じてください。











(before → after)








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








野 良 猫 か 。





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 次回は4畳半の続きっ。


随分前、夏目父を初めて某ロックユニットのライブに連れて行った時のこと、ライブが終わると夏目父は、あたしとあたしの友人に向かってそれはそれは輝いた目で、「こんなにいっぺんに、感激して興奮して感動したのは人生で初めて!」と言った。
その言葉を聞いてあたしも友人も、夏目父を連れてきて良かったと心底思ったのだが、と同時に、孫がいる年齢になっても尚、人生で初めての経験をするチャンスがあるものなのだと、改めて気づかされた。
それから10余年が経ち、アラフォーとなった今のあたしも、経験していないことがまだまだ、まだまーだあるのだなあとつくづく考えさせられる出来事が、先日あった。



きっかけは、20年近く前に買ったこのコタツ布団である。






「実家の冬といえば炬燵にみかんだろー」と思っているにもかかわらず、我が家で大昔に買ったこのコタツ布団を4シーズンしか使っていないのは、例年、リビングのテーブルをコタツに替えるのを億劫がっているうちに冬が終わってしまっているからというグダグダな理由なのだが、一応毎年シーズン前になると押し入れからコタツ布団を出して干してみたり、まともに使った後はクリーニングに出してはいた。
ただそうしたところで、経年によるものであろう埃っぽさや古さを感じる匂いは消えてくれず、今年の春先、何年かぶりにコタツにかけていたこの布団を外した時には、「捨てちゃおうかな」とさえ思ったくらいだった。
ただ、今回も入れて4シーズンである。
いくらで買ったのかも、一般的なコタツ布団の耐久年数がどのくらいなのかも知らないが、「たった4シーズン」という気がしまくりで、だからこのコタツ布団をどうにかスッキリさせたいと思うに至ったのだった。

さて。
この手の物をスッキリさせるといえばやはり丸洗いである。
そして出来ることなら。
仕上がりはクリーニング店のそれではなく、たとえるなら、家で綿のシーツを洗い真夏の太陽の下に干した時のような、



スーパースペシャルにスッキリ仕上げたい。



そうなると一番いいのは自分ちの洗濯機で洗えることなのだが、我が家の洗濯機はコタツ布団よりも前に、少なく見積もっても21年前に買った4.2リットルキロサイズのため、コタツ布団はおろか、シングルの毛布1枚でいっぱいいっぱいだ。
風呂場の浴槽にお湯をためて・・・・という方法も一瞬頭を過ぎりはしたが、脳内シミュレーションし始めてすぐに気が遠くなったため、これは早々に諦めた。
で、結局あたしが選んだのは、コインランドリー。
ボロだろうと何だろうと常に洗濯機のある暮らしをしていたあたしが縁が無いと思い込んでいた場所であり、20年生きてきて初めて立ち入る場所でもある。
#激しく歳をサバ読みたい年頃のオバさんです。突っ込まないでやってください。



そうと決まればあとは行動あるのみ。
カーっと晴れて気温が高い日に決行することとし、それまでの間、家から行きやすくて綺麗なコインランドリーを探さねば!と意気込んでみると、縁が無い場所だと思い込んでいた時は気づきもしなかったのだが、家から徒歩5分の場所にある、いつも行っているクリーニング屋に隣接してコインランドリーが出来ていたことを思い出したのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





しょっちゅう見てんだろーが。覚えとけよ、あたし。



というわけで。
ミミズも乾涸びるくらい晴れた日、 朝6時台から準備を始めた。






せっかくだから(と言っても徒歩5分)、家の洗濯機じゃイマイチ洗いきれてない感が漂っていたダブルサイズの毛布も洗うことに決め、






運びやすいように、何の違和感もなしにそれらを風呂敷で包んだ。






これを玄関まで運んでいる最中に起きてきた夏目父が、






「夜逃げスか?」とか(朝だし)、「こんな暑い日によくもまあそんな大仕事を」とか言っているのは聞き流し、でも、背中越しに聞いた、「不審者だと思われるから車で行きなよ」という言葉にはなんとなく従うことにし、徒歩5分のコインランドリーに車で向かった。

コインランドリーに着いたのは朝6時55分。
こんなにこっ早く行動を開始したのには、あたしなりの理由がいくつかあるのだが、一番大きな理由は、事前に数回偵察してみたところ、かなり早い時間から6機ある洗濯機が全て使用中になっているらしいと判明したからで、つまりあたしは、朝7時のオープンと同時に入り、洗濯機も乾燥機も順番待ち無しで済まそうと目論んでいたのだった。
が、甘かった。

コインランドリーの入り口には、オープン前だというのに既に大きな荷物を持った人が4人も並んでいた。
1番目は推定腹囲130cmなおじさん、2番目は孫と思しき男の子を連れたおばあさん、3番目はサッカーのらしい泥だらけのユニフォームを手にした20代男性、そして4番目は、背が高く背筋が真っ直ぐでイマドキ珍しいほど真っ黒い髪を短く揃えた推定30前後のメガネ男子である。

コインランドリーのドアを解錠するのは隣接するクリーニング店の人らしく、見慣れたおばさんに挨拶をしながらデカい風呂敷包みを持ってコインランドリーに入ると、おじさんが2機、おばあさんが2機の洗濯機を使い始めてしまったため、既にあたしが使える洗濯機はなかった。
かといって、その場を離れるわけにもいかないので、洗濯が終わるまでの間に読もうと思って持ってきた本を読みながら待つことにした。






ササリー無しで夏を越せない身体になった)



当たり前っちゃ当たり前の話だが、全6機の中で一番先に空いたのは、1番目に並んでいた、推定腹囲130cmなおじさんが使った2機である。
が。
あまりに一方的で失礼だということを承知で書くと。



おじさんがトランクスを洗った直後の洗濯機で洗った布団は綺麗・・・・?



なんつうことを考えてしまったからさあ大変。
空いている洗濯機の前で約1分、どうしたものかと考え込むはめになってしまった。
「そんなことを考えるヤツはコインランドリーなんか使うんじゃねえ」と自分で自分にツッコミを入れては見るものの、何しろトランクスである。
じゃあ、おばあさんが入れていた、3世代分はあろうかという量の洗濯物の後ならいいかといえばそうでもないし、泥だらけのユニフォームの後がいいわけでも勿論ない。
一番いいのは、「前に誰がどんな物を洗ったか?」を想像させないシチュエーションだったが、5番目になってからそんなことを言ったところでどうにもならない。
で。



今日洗うのは止めよう、と思った。
(マジで)



が。
2機の洗濯機の間で途方に暮れているあたしの目の前に、すぅーっと長い指が現れた。
そして横から、「これを押すと随分気持ち変わりますよ」という声が聞こえた。
声の主を見やるとそこには4番目が立っていて、長い指が示した先には、黒いボタンがあった。






「ちょっと潔癖入ってるとキビシイんですよね」と4番目は言った。
汚部屋住人であるあたしが潔癖なハズは勿論ないが、見知らぬ人と洗濯機を共有することに対する小さな違和感は、4番目が教えてくれたこのボタンを押すことで消えそうな気がした。

「ありがとうございます」
「いえいえ」

なんつう会話をしながら洗濯機にコタツ布団と風呂敷を突っ込み、フタを閉めてコインを入れた。
すると4番目が「あっ!!!!!」と言う。

「え?」
「あっ・・・・えーっと」
「はい?」
ドラム洗浄ボタンは、フタを閉めた後、コインを入れる前に押さないと効きません
「え゛っ」
「残念ながら、一度入れたコインは戻りませんからやり直しは出来ません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・残念です」
「じ、次回頑張ってください」




(17キロまで洗える洗濯機は1回600円)



そ、そうだ。
あたしにはもう1枚毛布があるのだ。
容量的には、17キロまで洗える洗濯機1機でコタツ布団とダブルの毛布を一緒に洗えるらしかったが、せっかく丸洗いできるのだからここは贅沢に、たくさんのお湯で少しの物をぐるんぐるんしたくて、敢えて別々に洗おうと決めていたのだ。
おじさんが使っていた、1機目よりは容量の小さい洗濯機に毛布を入れフタを閉めた。
で、また。



ドラム洗浄ボタンを押す前にコインを入れた。
(学習機能が無いらしい)






(13キロまで洗える洗濯機は1回500円)



が、洗剤まみれになって大きくぐるんぐるん回るコタツ布団や毛布を見ていたら、コインランドリーのシステムに抱いていた僅かな違和感みたいなものが吹っ飛んだ。
そうそう、こんなふうにぐるんぐるん洗いたかったんだ、ずっと。

洗濯を終え、次は乾燥。
脱水したままのコタツ布団を持って帰るには重すぎるし、たとえそのまま持ち帰って家で干せたとしても、にわか雨でも降ったらお終いなわけで。
ある程度のところまでは乾燥機を使いましょう。そうしましょう。



2サイズある洗濯機のうち、デカいほうに書かれていた説明文をみると、コタツ布団は1枚が適量だとはっきり書いてある。






が。
家に乾燥機がないせいか、ピーカンの日、濡れたモンを乾かすのに何百円も使う気にはどうしてもなれず、









300円(=18分)だけ入れて乾燥開始。
(ケチ)





しかも。





適量以上だと判りつつ、コタツ布団と毛布を一緒に入れて乾燥開始。
(ドケチ)








このドケチっぷりが致命傷になるかもとうっすら怯えつつ18分後に乾燥機のフタを開けてみたが、幸い、毛布もコタツ布団にも、水分の重みはまったく感じられなかった。
ホクホクした気分でそれらを取り出し、一緒に乾燥させていた風呂敷に包むと、何をどんだけせっせと洗っているのか未だ居た4番目の潔癖青年にお礼を言った。
潔癖青年が静かに言った、「でも、2回目も残念なことになってましたよね」という言葉にも全くメゲず帰宅して、人生初のコインランドリー体験は終了した。


大仕事を終えた気になって帰宅したものの、この時点でまだ午前8時半。
日当たりのいい南側のベランダに、洗いたてのコタツ布団と毛布を干し、それはもうカラッカラに乾燥させた。










プロがやるクリーニングには勿論それ相応の技術が施されているのだろうが、洗濯機でぐるんぐるん洗い、お日様の下で干した時の風合いとは確実に違う仕上がりだ。
どっちが手間だとかラクだとかどっちが高いとか安いとかいうんではなく、もっと単純に好みの問題で、多分あたしはこれからもコタツ布団はコインランドリーで洗うんじゃないかと思っている。



午後になり、カラッカラでふっかふかに乾いたコタツ布団と毛布を取り込んだ。
すると、それを触って匂いを嗅いだ夏目父が言った。

「あー、お日様の匂いがして気持ちいいねえ」

そうだろそうだろ。

「行ったことないけど、コインランドリーって綺麗なの?」

新しくできたばっかのところだから、洗濯機も乾燥機も備品も、みんな綺麗だったよ。

「じゃあさ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
嫌な予感がした。
ちなみに、あたしのこの予感は外れたことがない。



案の定夏目父は、「納豆買ってきて」くらい軽ーい感じで言った。





「 来 週 は 俺 の 毛 布 を 洗 う ん だ ね 」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





人 の 予 定 を 勝 手 に 決 め ん な 。





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 本業が一段落したので、ようやくブログも本格復帰でーす。